10.目覚めた時
ご都合主義発動中です
問題集が届けられた3日後。
私は楽園にいた。
『レオンティーヌ』が新たに呼び寄せたという教師陣がイケメン揃い!
あと、王子たちも私の補習に参加してくれることとなった。
イケメン教師&王子たちに私のテンションはアゲアゲ!
今までつまらないと思っていた勉強も楽しくなったわ。
そんな私の様子を見て『レオンティーヌ』が「これがバロー男爵夫人が言ってたことなのね」と呟いていた。
その表情は無表情に近かった。
ひと月くらいたった頃から、最初は嫌々ながら私の補習に付き合ってくれていた殿下たちが積極的に誘ってくれるようになった。
最初は補習の一環としていろいろなところに連れて行ってくれたが、今では先を競い合うように私を贈り物をしてくれたり、デートに誘ってくる。
ゲオルグ狙いの私はゲオルグのお誘いは全部受け、殿下とマルクの誘いは時々受けるようにした。
贈り物はありがたく頂いている。
私が殿下たちにチヤホヤされるのと前後して『レオンティーヌ』の黒い噂が流れ始めた。
別に私は苛められてはいないけど、ちょっと補習が厳しいかな~と思って『自分はものすごく頑張っているんですけど……レオンティーヌ様は厳しすぎます』って人目の多いところで呟いたことはある。
わざとじゃないよ。
殿下たちとお昼を食べている時に自然な話の流れでそうなったんだから。
それからかな。
周りの『レオンティーヌ』を見る目が変わり始めたのは。
中には堂々と罵詈雑言を彼女に言っている人もいた。
それでも彼女は堂々としていて、暴言を吐いた相手の方が顔色を悪くしていった。
先生方は無実無根だと『レオンティーヌ』を庇っていたが、生徒は信じず私の言葉を信じていった。
『レオンティーヌ』は日に日に痩せていき、顔色も悪くなっていった。
以前はいつも誰かしら傍にいたが常に一人でいるようになった。
そんなある日、半年に一度の全クラス合同の魔術の授業が行われた。
そこで、私は魔力の制御が出来ず暴走させてしまった。
制御しようと焦れば焦るほど力は暴れ、制御が出来なくなっていく。
そんな私の魔力を抑えたのが『レオンティーヌ』だった。
後で知らされたことだが、彼女はこの国一の魔術の使い手で本来なら学院に通う必要はなかったという。
彼女の兄が『学生生活』を体験させたい、同じ年の子との『思い出』を作ってあげたいという願いから学院に通っていたという。
暴れまわる私の魔力に彼女は冷静に状況を判断し、先生方と一緒に他の生徒たちを安全な場所へと避難させていった。
私の中の魔力が外に出ようと暴れている感じが体内を駆け巡る。
声を出したいのに声が出ない。
教室内を見渡すと皆、化け物を見るかのような視線を私に向けていた。
体の芯から冷えていく感覚が全身を襲う。
ふと目の前の『レオンティーヌ』を見ると優しい眼差しで私を見ていた。
その口元は繰り返し繰り返し『大丈夫、きっと助けるから』そう言っているようだった。
なんで迷惑ばかりかけていた私にそんな優しい眼差しを向けるの?
暴走している私なんて放って安全なところに逃げればいいのに。
なぜ彼女が私を助けようとしているのかわからない。
彼女は自身につけていた装飾品を乱暴に取り払った。
耳に付けていたピアス、両腕に付けられていたブレスレット、首に付けていたチョーカー。
全てを引きちぎった。
「光の精霊よ光り輝け、闇の精霊よ優しさで包み込め、風の精霊よ道標となれ、大地の精霊よ全てを受け止める器となれ、炎の精霊よ悪しきものを浄化せよ、水の精霊よ全てを清めよ……我――――――――――が願う。彼の者の力を我に!」
彼女の唱えた呪文を聞きながら私は温かいモノに包まれていた。
暴れまくっていた私の魔力が徐々に落ち着いていくのがわかる。
私が意識を失う前に見たのは『レオンティーヌ』が全身傷だらけになりながらも私に優しい瞳を向けている姿だった。
***
「『レオンティーヌ=クレチアン』という生徒はわが校にはいない」
学院長の言葉に私は驚きを隠せない。
あの、魔力を暴走させた日から一月が経過した。
私は魔力が安定するまで休学し学院長直々に魔力制御の仕方を教わることになった。
よって、現一年生が私の成績によって留年するかもしれないという条件は立ち消えた。
学院長とは休憩時間にいろいろな話をするようになった。
その中に『レオンティーヌ』に関する噂がマリエルを中心に広まっているというものがあった。
その噂に学院長をはじめ、多くの先生方、保護者は眉をひそめているという。
『レオンティーヌ=クレチアンはクレチアン伯の庶子である』
この噂は社交界にも流れているらしいが、クレチアン伯爵夫妻は沈黙を通しているらしい。
「『レオンティーヌ』という名は『レティオーヌ』が幼少時に使っていた名前だと教えてあったと思うが?」
じろりと学院長に睨まれ、サクラの樹の事件のことを思い出した。
確かにあの時、生活指導の先生から聞いていた。
幼少時、体が弱かったレティオーヌは神託により10歳の誕生日まで名前を変えたことで生き延びることが出来た。
その名残で今も時々『レオンティーヌ』と名乗ってしまうと……
だが、社交界では『レオンティーヌ』という名はごく僅かの限られた人たちにしか知られていないと。
なんで私は忘れていたのだろうか。
学院長は深いため息をつくと、机の上に数冊の本を置いた。
「さてこの問題集を全て解いてもらう」
「え?」
「なに、魔力が暴走する前にレティオーヌから渡されていた問題集をちゃんとやってあれば一日で終わる量だ」
にっこりと笑みを浮かべながらも瞳が笑っていない学院長。
「私はレティオーヌほど優しくないからな。平均以下の点数を取った場合はペナルティを与えるからな」
冗談ではなく本気の学院長に私は積み上げられている本……問題集を開き、めまいがした。
どの問題集を開いても意味不明。
まったく理解が出来ない問題ばかり。
「わからないところは学院の教本を開け。なんでも人に聞いて解決しようとするな」
すがるような視線を送った私に学院長はあっさりと切り捨てた。
問題集を目の前に深いため息しか出なかった。
「とりあえず、わかりそうなところから……」
数時間後、私は学院長に泣きついていた。
泣きついてきた私に学院長は数冊の本を机の上に置いた。
「これはお前が放置したレティオーヌがお前のために選び抜いた問題集と教本だ。まずはこれから解け」
深いため息をつくと学院長は仕事があるからと部屋から出ていった。
新たに渡された教本と問題集は私にもわかりやすく、問題集も難なくすべて埋めることが出来た。
「レティオーヌはどうして私を助けたんだろう」
勉強の合間に零れ落ちた言葉。
私はレティオーヌのことは何も知らない。
いや、知ろうとしなかった。
ただ『前世の記憶』になかったから『必要ない』と無意識に位置付けていたのかもしれない。
だが、マリエルと出会ったことで『マリエルの物語の悪役』というイメージがインプットされた。
この世界が作り物の世界であると。
私も彼らも『キャラクター』なんだとどこか他人目線だった。
それを覆したのが私の魔力暴走事件。
あの魔力暴走で私はこの世界が『現実』なんだとはっきりと自覚した。
それまでは『ゲームの世界だ!やっほー!』なんて思っていた。
『ヒロインだから私は何をしてもいいんだわ!』なんて花畑思考だった。
魔力が暴走したのは今回で2回目。
1回目は森の中。
あの時、クレチアン伯爵邸で私はレティオーヌと出会っていた。
私は魔力が暴走したことで『ゲーム』と同じ流れになると変な自信を持っていた。
だから彼女との出会いを忘れた。
サクラの樹の下で再会した時はマリエルに気を取られて彼女のことは口うるさい風紀委員またはゲオルグと親しい女という認識しかなかった。
ゲオルグは私のモノなのにと変な思いがこびりついていた。
彼女を見る度になぜかどす黒い感情が沸きあがり、攻撃的になっていたとおもう。
『私のゲオルグ』が彼女に好意を寄せているのではという疑惑が『レティオーヌは敵』という感情を生んでいた。
ゲオルグが私に優しくなった頃はレティオーヌと距離を置いていた。
彼女は諦めに似た表情をよく浮かべていたように思う。
ただ、その頃の私は『ゲーム通り』にゲオルグが優しくなったことで有頂天になっていた。
そう、『ゲーム通り』にすべては進んでいた。
私は自分を中心にしか考えていなかったから、
私以外の人達のことなど何も考えていなかったから、
私の一言が彼女を苦しめていることにも気づきもしなかった。
そして二度目の魔力暴走。
殿下とマルクは不在。
ゲオルグは驚愕の表情を浮かべるだけで私に近づいても来なかった。
マリエルは無表情のまま、私とレティオーヌを眺めていた。
いや、その口元は微かに笑っていたように思う。
私の『心』を救ってくれたのはレティオーヌだけだった。
彼女だけが私と向き合ってくれた。
そう思った瞬間、私の中にあった『レオンティーヌは悪』という概念が剥がれ落ちた。
なぜそう思っていたのか今ではわからない。
レティオーヌは現在、クレチアン家の別館で静養中だという。
取り込んだ私の魔力を自分のモノにさせたことで術が正常に発動するか実験を繰り返していくという。
レティオーヌが目覚めたと知らされた時、私は一度だけ手紙を書いた。
それを読んで貰えたかはわからない。
ただ、謝りたかった。
何に対してと言われても答えられないけど、とにかく謝りたかった。
そして『ありがとう』って伝えたかった。
『私』を助けてくれてありがとうって。
ふと思い出した。
公式ガイドブックに載っていなかった『レティオーヌ』はその他大勢の一人と捉えれば私が迎えたのは『自爆エンド』だと思う。
『前世』で友人が見たという『自爆エンド』はきっと今回のことを言うのではないか。
それならば私はこの『ゲーム』の終焉を迎えたことになる。
これから先、私は『ゲームのシルヴィ』としてではなく『ただのシルヴィ』として生きていくことになる。
『ゲーム』から『現実』へ。
先のことがわからない『未来』が待ち受けている。
この先何があるのかは予測不可能。
ゲームのようにリセットが利かない『シルヴィ』としての一度きりの人生。
私は私が出来る範囲で、レティオーヌに償いながら生きていくことを決めた。
彼女にとっては私の存在は迷惑なだけかもしれないけど……
とりあえずは、目の前の課題を片付けながら今後のことを少しずつ考えていこうと思う。
シルヴィ編はこれがラスト。
いろいろとツッコミどころはあるかと思いますが、ツッコミは完結後にしていただきたい。




