9.補習
サクラの花も散り、マリエルに接触することが出来ずに1か月が過ぎた。
奇数クラスで行われる魔術の授業で私はあの黒髪の『レオンティーヌ=クレチアン』とペアを組まされた。
すっかり忘れていたが『レオンティーヌ』はマリエルを苛めていた義妹だ。
マリエルからの手紙に書かれていたことを思い出した。
父親の不貞で出来た異母妹『レオンティーヌ』は母親の死と共にクレチアン家に引き取られた。
夫人の手前、マリエルと同じ扱いをするわけにもいかず伯爵は別館に『レオンティーヌ』を閉じ込めていた。
『レオンティーヌ』に付けた家庭教師たちはマリエルよりも優秀だと伯爵に報告。
伯爵は宝の持ち腐れにするわけにはいかないと夫人を説得し、本館で『レオンティーヌ』を育てることにした。
『レオンティーヌ』はことあるごとにマリエルに難癖を付けては苛めていたという。
ひどい時は魔術の訓練だと言って大けがをさせられたこともあるとか……
しかし誰も『レオンティーヌ』を止めなかったという。
周りの大人に見せる顔とマリエルに向ける顔を完璧に使い分けていたからだ。
私の知る『マリエルルート』と手紙の内容がほぼ似ているので間違いないだろう。
ただ、私の知る『マリエルルート』の悪役は両親を事故で亡くし伯爵家に引き取られた従妹だったけど……
マリエルの手紙には「でも大切な妹だから」と毎回書いてあり、そんな姉の気持ちを踏みにじる『レオンティーヌ』に知らず知らずに憎悪を持っていたのだろう。
だから、彼女が目の前に立った瞬間に水の魔術を放出していた。
この行動に先生も生徒も騒然とした。
私は近くにいた男子生徒たちに地面に抑えつけられた。
私の目の前にいた『レオンティーヌ』は全身ずぶぬれになっており、ざまぁみろと内心思っていた。
「誰が勝手に術を放っていいといった!シルヴィ=バロー!」
教師の怒鳴り声に教室中がビリビリと震えた。
「レオン様、とりあえず着替えましょう」
アガサがレオンティーヌにタオルを渡していたが彼女はそれを断っていた。
水濡れのまま風邪を引けばいいと思っていたら彼女は先生の許可を得て炎と風の精霊を呼び出した。
何やら精霊に囁くと、精霊たちは嬉しそうに術を展開し、濡れ鼠だった彼女の服や髪を一瞬のうちに乾かしてしまった。
周りはその術に興奮し、私を抑えつけている男子生徒も身を乗り出すように彼女に視線を向けている。
その間、私は教師に尋問されていた。
「シルヴィ=バロー。理由を聞こうか」
理由?
そんなのマリエルを苛める悪役を懲らしめるためじゃない。
何を言っているの?
その事を告げようとしたが何故か言葉が出てこない。
おかしいと思って首を傾げるがマリエルの名前を出そうとすると声が出ない。
「むかついたからです」
「はぁ!?」
「存在自体がムカついたからです」
マリエルの名前を出そうとせずに言えば声が出たからそう答えた。
すると精霊を召還した後、『レオンティーヌ』は私の目の前に跪き、私の顎を掴んだ。
左右で違う瞳がすっと細められた。
その視線は刃のように鋭く、背筋に冷たい汗が流れたように感じた。
「あなたはムカついた相手にところ構わず術を放つのですか?」
『レオンティーヌ』は掴んでいた私の顎をぐいっと上に向けた。
「それとも、相手が私だから術を放ったのですか?」
もちろんと答えようとしたがその前に彼女の言葉に周りからどよめきが起こった。
「私が相手だからというのであれば、不問にしてください。先生」
『レオンティーヌ』の言葉にさすがの私も声が出なかった。
いきなり術を放った相手を不問にしろって、普通ならあり得ないだろう。
私だったらその場で倍返しにするのに……
彼女は私の顎から手を離すと膝についた土を払落し先生に笑みを向けた。
ちょっと、払った土が目に入るんだけど!?
ギッと彼女を睨みつけると彼女は笑顔を浮かべたまま私を見下ろしていた。
「私自身を狙ったというのなら……売られた喧嘩は全力で買わせていただきます」
彼女の言葉に先生はおろか、ほかの生徒たちも顔を青くしている。
そんな周りに気づかないのか、彼女は淡々と私に話しかけた。
「そういえば、あなた……以前お会いした時、私が名乗ったのに名乗らなかったのはなぜです?あの場には殿下たちもいらしたのに……バロー家といえば数年間に男爵の爵位を賜った家だと記憶しているのですが……」
「私はそのバロー家の一人娘よ」
私の言葉に彼女を含め数人の生徒と先生が首を傾げた。
「今年発行された貴族名鑑には男爵と夫人、ご子息のオルレアン様の名前と絵姿しか記載されておりませんし、バロー家が養子を迎えたという話も聞いたことありません」
え?
貴族名鑑に私の名前がない?
だって私はこの膨大な魔力を有するからってバロー家の『養子』に入ったのよ。
それも去年だから今年発行の貴族名鑑には載っているはずよ!
『レオンティーヌ』が見落としているだけじゃないの!?
「貴女、本当にバロー男爵のご息女?」
彼女の問いには答えられなかった。
あの後すぐに、ほかの先生方が私を学院長室に連行していったからだ。
そこで私はバロー家の『養子』ではないことを教えられた。
この学園は建前上『貴族の為の学校』なので平民である私に本来なら入学資格はなかった。
だが、クレチアン伯爵からの提案でバロー男爵家縁の令嬢として入学が認められたという。
便宜上『シルヴィ=バロー』と名乗っているが、私は『バロー家』の人間でもなければ、貴族でもないという。
なんで?
『ゲーム』では私は『男爵家の養子』だとファンブックにも資料集にも書いてあったじゃない!
『ゲーム』のことは伏せて養子に入ったはずだと訴えたが、戸籍を見せられ私がただの『シルヴィ』だと突き付けられた。
そして翌週から私は王妃に認められた淑女であるという『レオンティーヌ』に貴族として必要な事を徹底的に扱かれることとなった。
王妃に認められた淑女ってマリエルじゃないの?
マリエルは王妃も絶賛する淑女のはずなのに……
なんで悪役の『レオンティーヌ』に教わらなきゃいけないのよ!
不服そうにしていたら学院長からとんでもないことを言われた。
「彼女からの教育を受けないというのなら……貴殿はわが校にはふさわしくない。即刻退学の手続きを……」
なんていうのよ!?
仕方ないから渋々承諾するとさらに条件を付けてきた。
「学年末試験までに私が認めるラインまでに達しない場合は……そうだな、現一年生全員留年とするか。そうすれば否応なく学年全体でこの者を教育しようとするだろう」
これには同席していた先生方も驚いていたが誰一人として反論しなかった。
「そうですね。彼女が教育係を任せられたと知れば、協力者は後を絶たないでしょう」
「いや、公には発表はしない」
「なぜですか?」
「発表しなくても自然と知ることになるから」
「ああ、彼女のファンクラブですね」
「彼女は認めていないけど、統率はとれているし問題も起こしていないからこのまま黙認している組織の一つだ。これを有効活用する手はない」
「それに彼女に任せれば社交界に出しても恥にならないよう教育するでしょうね。先日嫁がれた第二王女も彼女の教育のおかげで同盟国に無事に嫁げたほどですから」
と『レオンティーヌ』を絶賛する声が上がっていた。
一生徒が教師に匹敵するほどの教養をもっているとは信じられないんだけどね。
「貴殿はまだ己の立場という者を弁えていないようだが……まあいい。彼女に見放されないよう精々ガンバレよ。彼女が貴殿を見放した時は、貴殿は即刻退学となることを忘れるな」
という学院長の言葉を茫然としていた私は聞き逃していた。
『レオンティーヌ』による淑女レッスンは男爵夫人よりも厳しい。
まず最初にテキストを渡され、翌日実践テスト。
実践テストで出来ていない部分を事細かくチェックされる。
読み書き、算術は何とかできていると及第点を貰った。
国史と周辺国の歴史は全くといっていいほど理解できずにいる。
せめて母国であるグラッセ国の国史くらいは知ってい欲しいと嘆かれた。
食事のマナーも美しくないと叱られる日々。
悔しいけど『レオンティーヌ』の所作は美しく完璧だ。
多分、マリエルよりも。
ダンスのレッスンは好き。
男子生徒が次々と相手をしてくれるから。
最初は『レオンティーヌ』が男役をやるつもりだったらしいが背が私よりも低いのでこれではレッスンにならない。
困惑している『レオンティーヌ』に声を掛けてきたのが彼女のクラスの男子生徒。
殿下たちには劣るけど、それなりに顔が整っている、伯爵家の子たちだ。
まず最初に『レオンティーヌ』と男子生徒が見本を見せてくれた。
流れるようにステップを踏む『レオンティーヌ』に誰もが視線を奪われていた。
足音も立てずに軽やかにステップを踏む『レオンティーヌ』と男子生徒。
男子生徒はステップを踏むのに懸命で顔が強張っているが『レオンティーヌ』は余裕の笑みを浮かべていた。
少し休憩を挟んで私のレッスンが始まった。
楽勝よ!なんて思っていた昔の自分を殴りたい。
なにこのものすごい運動量。
一曲踊るだけで息が上がるし、慣れないハイヒールで靴擦れを起こして立っているのがつらい。
それでもダンスだけは頑張った。
うん、いつかゲオルグと華麗に踊るためにも!
その甲斐あってか、ダンスはすぐに及第点を貰えた。
まだステップの早い曲は完璧に踊りこなせていないけど、徐々に覚えていけばいいという。
曲調が速い曲は滅多に流れることはないらしい。
最後に演奏されたのは現国王陛下の婚約者を決める舞踏会の時だったという。
何年前ですか?と聞いてはまずいよね……
読み書き、算術、ダンスは及第点。
それ以外は全然身に付かない。
もう嫌になって、脱走を試みるけどなぜかカッコイイ男子生徒に話しかけられたと思ったらレッスン場にいた。
それでもやる気のない私相手に『レオンティーヌ』は分厚いマニュアルを読みながらため息をついていた。
あれ?
あのマニュアルってバロー男爵夫人の部屋にあったものに似ている。
「バロー男爵夫人の言う通りかもしれないですね」
私を見た後ぼそっと呟いた『レオンティーヌ』は今日はここまでというとさっさとレッスン場を後にした。
私は彼女の姿が見えなくなるとすぐさま学院の外に出かけた。
レッスンが休みなら自由時間が増える!
いつも日が暮れるまでレッスン場に閉じ込められ、自由に買い物に行く時間すらないんだもん。
お休みの日は日々の疲れからか遅くに目が覚めるから遊びに行こうという気も起きない。
今日はどこに遊びに行こうかな~とウキウキしながら商店街を歩いていた。
可愛い雑貨屋さん、美味しいお菓子屋さん、お手頃価格の装飾品店……それともイケメンばかりの店員がいるカフェもいいわね。
イケメンカフェでイケメンを十分に堪能した後、寮に戻った。
寮の管理人に数冊の本を渡された。
本に挟まれていたメッセージカードには『レオンティーヌ』の字で
【学年末に必要な最低限な科目です。
せめて、この問題集だけは学年末までにこなしてください】
とだけ書かれていた。
私はメッセージカードを破棄して、問題集は机の上に放り投げた。
誰が好き好んで勉強なんかするもんですか!
ましてや『レオンティーヌ』からの課題なんてゴメンだわ!




