17、ゴブリンVS人間 中編
戦の開始は予定では深夜、兵士の大半が寝静まった頃に行う手はずになっていたが相手が予想以上に無防備だった時に限り現地の隊長の判断で仕掛ける事を許可していた。
しかしまさかここまで早い段階で仕掛けるというのは少し予想外だ。
ほぼ到着してすぐと言ってもいい。
そんだけ無警戒だったってことだよな。
失敗したのかと思ったがその場合にある二本目の矢は一向に上がらないそうなので気づかれて勢いでという訳でもないようだ。
奇襲開始の合図を告げる矢が上がってから10分。
本陣の兵士全員に開戦したことが知れ渡った所で次の知らせを送る鏑矢が上がった。
奇襲部隊は鏑矢を上げるゴブリンアーチャー以外ゴブリンとホブゴブリンで構成された全体の半数もいる50名の大部隊だ。
奇襲失敗は敗北に直結する為結果報告が告げられるまでの数秒皆の動きが一瞬止まった。
そして報告が本陣へと告げられた。
|これ(奇襲)を告げた時のゴブリンの反応は猛抗議だった。
三日前の朝、協力を承諾したゴブリンとすぐに作戦会議に入った時を思い出す。
「奇襲だと?」
「そうだが?」
「貴様この数の差で奇襲しても返り討ちに会うだけだぞ」
隊長のゴブリンエリートの言葉に他のメンツも賛同するように頷く。
こちらから仕掛けると聞いたら喜んで突っ込んでいくかと思ったらこの戦力差でのただの奇襲が無謀だという事は理解できたらしい。
まずは奇襲にした訳から説明をしようか。
「まず俺たちが取れる策は何があると思う?」
「え・・・攻めと守り?」
「そうだ。正確には奇襲か籠城かだがこの村は柵があるだけで防御には向かないし敵の火力が高い。簡単に吹き飛ばされるだろう。よってお前達がしようとしていた籠城は愚策も愚策だ」
「確かに斥候が持ってきた情報にあのセンシャが50以上あるっていうしそれは肯定するよ」
すでに戦車の俺が知る情報も伝えて斥候からの情報にも合致していたので昨日キレた隊長ゴブリン(馬)も籠城の無謀だった事を理解していた。
「籠城で勝つには長期戦に持つ守りとその間の食料、最後に状況を覆す援軍あってのものだ」
「わしらは援軍を断っていることも含めすべて足りとらんな」
すべてを知っている村長が村では無理であると認める。
ここまでは確認だ。
今更籠城しようなんて言われて無駄な時間を取るわけにもいかないからな。
ちゃんと他のゴブリンも話についていけてる様なので続けても問題なさそうだ。
「ならば選択肢は攻めるしかない。それで奇襲だ」
「しかし4倍の兵力差はやはりきついぞ」
「確かに生半可な奇襲では相手に被害を与える前にこちらが兵力差によって囲まれて逆にやられててしまう。だが条件がそろえば今の兵力でも十分に成功する。そこでまず村長には手紙を書いてもらいたい」
「手紙・・・ですか?」
全員が首を傾げた。
奇襲と関係が全くない事で意味が分からないのだろう。
弥叉は誰も理解しないことに呆れることはない。人間だったとしても理解できない者はいるだろう。
寧ろ聞こうと知る姿勢があるのが思った以上に知性を感じる。
「手紙の意味についての前に確認だが敵の指揮を執っているアルという男の情報が欲しい。どういった人物だ」
「審問官で禿げた頭に何とも性格が悪そうな感じだと」
「・・・そうだな、武芸者か?」
一瞬この報告に笑いそうになりながら斥候に再度質問する。そこのエリートも笑ってるんじゃない。
「ないですね。あれは戦闘をするのではなくさせる側です。戦場に出たことがあるかも怪しいぐらいです」
「ありがとう。そこで村長には相手が思っていたのとは逆の事を書いてもらう」
現状不利なのはこちら側である。相手はこちらからくる手紙は戦いを回避するものと思うだろう。なので書く文章はその逆のこちらの方が優位なのだという上から目線の挑発的な文だ。
俺の考えに最初に答えにたどり着いたのはずっと立ち聞きしてただけのマリアだった。
「ヤシャも面白い事思いつくね」
「分かったか?」
「相手に攻めさせようとするってことだよね」
「あぁなるほど」
マリアの言葉で村長も分かった様だ。
村長は俺に確認する意味も込めて分からない者に説明をし出した。
「もし儂が相手にさっさと攻めて来いと送る。すると相手は怒り心頭するな?」
「そりゃそうだろ」
「そしたら早く攻めて潰したいという気持ちになる。つまりこの村で戦うと、わしらが籠城を選んだと思わすことができる」
「しかしそんな簡単に引っかかるか?」
「だからヤシャさんは指揮者のアルが武芸者戦いを経験している者かを聞いたのだ。戦いを知らない者が駆け引きを知るはずもない。
こちらを魔族だから状況判断も出来ぬと思って馬鹿にするだけだろう」
村長の説明は大体合っていて結果的にそうなる予定だが弥叉は更に説明を付け足す。
「半分正解だがその手紙は街に向かって送る。
そして街に着かすのではなく移動中の連中に送られるよう街に行く途中の敵に配送したと見せかけてその手紙を落とす。こうすることで相手に移動中の自分たちの事を把握できていないと思い込ませる」
おぉ~という感心の声が上がる。
本当に分かっているのか?
なんか雰囲気で声を上げてそうな奴が多い気がする。
村長は分かっているようだが隊長(馬)は絶対理解してない。後の奴らまで理解してくれないと困るんだがな。
反対意見もなく決まってすぐに村長は手紙をその場で書き始め、出来上がると同時にすでに待機させていたゴブリンに渡した。
といった感じで奇襲作戦は決まっていった。
勿論奇襲だけで勝てるとは思っていない。
奇襲の目的は二つ。
まず敵の魔法使いの数を減らす事。
魔法使いはこちらの10倍兵力差以上の開きがある。
それに魔法による被害は大きいので対局を覆す可能性があるため、早めに対処するに越したことはない。
ゴブリン達の目は暗闇でも見えるため魔法使いを狙う事はさほど難しくはなく実行に問題は上がらなかった。
二つ目は戦車の無力化だ。
作戦が決まってから俺は戦車を見たというゴブリンを集め、戦車の機能を予想した。
そして出た答えは敵の戦車は弥叉の知る戦車に比べてかなり劣る第1次世界大戦頃の物ではないかという事だ。
特に戦車を動かす人数が最低でも4人は入っていたというのが兵士のほとんどが戦車で戦うのを想定して動いているという考えに至らせ戦車を失えば戦意を喪失する者も増えると思ったのだ。
魔法と武器の差が無くなれば勝率はかなり上がる。その為の奇襲だ。
後はどれだけ減らして撤退してくるか。
鏑矢の後、作戦の結果を知らせる矢によって奇襲の結果が本陣にも告げられた。
その報告に本陣のゴブリンが喜びの声を上げた。
ほっと安堵の息を吐く。しかし続く報告にその歓喜は一瞬で低下した。
「報告します。隊長が戦死した模様です」
簡単に戦いは終わらない様だ。
◇ ◆ ◇
この世界に携帯はない。
そのため奇襲部隊には長距離での連絡のために鏑矢を上げる兵を同行させた。
奇襲作戦でもそうだがゴブリンは暗闇でも見える目を持っている。なので音とは別に矢に色を塗ることで状況をさらに正確に本陣へと伝えられるようにした。
奇襲開始は音を出すわけにはいかない為、色付き矢、敵に自分たちの存在を知らせるための鏑矢、計画に支障がきたした場合の予想される不安要素を示した矢そういった矢の使い分けから報告は狙い通りに届いた。
実行は夜だと人間なら見分けられなかっただろうが奇襲同様今回の兵は夜でも目の効くゴブリンであったのがここでも良く作用している。
だがその詳細な報告が今はかえって兵を浮足立たせてしまっているのは大きな誤算だ。
まさかゴブリン村最強の兵である隊長がやられるとは彼をよく知っている兵としてはあり得ないという気持ちが強かったからだろう。もしかしたらの可能性として考慮はしていたつもりだったが予想以上に動揺してしまっている。
どうにか騒動を静めて次の作戦に移るので配置に着くよう促し、副長と村長、それに息子である子供エリートは弥叉の待機しているテントに来て現状の再確認をしていた。
奇襲部隊は作戦に従いこちらへと向かっているので合流地点に来るまで悠長に構える時間はない。
「では奇襲は成功したんだな」
「はい。作戦成功を告げる矢も確認してます」
「では、隊長を失った以外は作戦通りか・・・」
この村で指揮を執って戦えるものは戦死したゴブリンエリートと副長のホブゴブリンだけだったため次の策の指揮も任してしまっていた。斥候部隊のリーダーをやっていたゴブリンが撤退の指揮を出しているようだが臨機応変な指揮は望めない。
誰かがゴブリンエリートの代役をしないとならない。
しかしすでに副長のホブゴブリンには別の指揮を執ってもらうことになっているので本陣に残った者の中に適任者がいないのだ。
「くそ!あれだけ死ぬなと言ったのに」
出陣前、弥叉は要となるゴブリンエリートに深追いはするなと注意していたが無駄に終わってしまった。
そして奇襲失敗に終わった場合の次善策に追われ、後継人を決めて置かなかった自分のミスを悔やむ。
しかしもう時間が無い誰を・・・
「ボクが行きマス」
弥叉も含め全員が判断に困る中、声が上がった。
その声の主に俺を含め全員が否定の眼差しで視線を送る。
「待て、父を失ったばかりのお前に任せるのは」
「そうだ、何を言って」
「ヤシャさん、チチからは作戦ノ内容はキイてます。ボクにヤラして下さい」
親を失ったばかりの者が冷静な判断で指揮を取れるとは思えない。
そういう意味での反論だろう。俺も同意見だ。
しかし、子供エリートは村長と副長が否定するのを無視して俺に訴えるように見て頼んできた。村長達の言う通り一番隊長戦死の報告で悲しんでいるのはこいつのはずだ。
だがこいつの目は悲しみが見えない。まるでこうなる可能性を事前に知っていたかのような落ち着いた様子だ。
それでいて真剣に訴えてきている。
時間が無くほかに頼める者もいないのならこの三日間マリアの特訓に付き合ってくれていたこいつが一番信用できる。
弥叉は一度目をつぶり一息ついて再度現状をもう一度確認する。
感情を捨て結果を求めるならば、
「分かった。お前に任せる」
「「な!?」」
「了解デス」
返事と共に立ち上がり置いていた武器を取る。
「ただしお前の親父以上の戦果を挙げてこい」
「ノゾムところダ」
村長と副長が未だにこの判断に納得いっていない中、二人を納得させる事もなく後の事は弥叉に任せて部屋を出て行った。
この村二人目のゴブリンエリートが戦いの戦地へと出撃する。
◇ ◆ ◇
同時刻撤退中奇襲部隊
奇襲部隊の連絡役として同行していた斥候のゴブリンは奇襲の成果を聞き、それを正しく伝わるよう矢を放たせる。
そして、奇襲部隊の撤退と一緒に本陣へと向かっていた。
戦果は予想以上の結果だった。
テント内に魔法使い襲撃班20名は一人に付き二人以上を葬り、その大半は魔法使いを狙えたらしい。
また襲撃班組より多い30名を使って行われた戦車の無力化も運良く襲撃前に整備の者が現れたため、そいつが点検した箇所に狙いをつけ半数以上が大破または使い物にならなくなった。
「囮班ただいま合流しました」
「ご苦労被害は?」
「流石に多いです。警備してた全員が追っかけて来るなんて思いませんでしたから。俺らもテントの悲鳴で戻ってくれなかったら死んでたところでしたし」
元々帰ってこれない可能性が高かった囮役だ。
3名は生き残っただけでも僥倖である。
こちらの結果も悪くはない。
本当に順調以外のなんであろうか。
しかし逃げている仲間たちの表情は暗いものがある。
それは我らの隊長であるゴブリンエリートの戦死・・・それは奇襲成功から撤退に移る際のこと。
仲間がテント内で騒いでいる状態でいち早く状況を理解し撤退経路を塞いでいた兵が現れた。
そいつはほかの兵より強く、撤退が大きく遅れる心配が出るほどの強敵。それがこの場面で不運にも先に行かせていた隊長がその男に衝突してしまった。
勝負は一瞬でつき、敵の首は飛び、隊長の背には剣が刺さっていた。
すぐに駆け寄った仲間がすでに助からないと首を振り、それから隊の士気が下がってしまっている。
作戦に支障はないがこの撤退から次の作戦に入るまでに休みがない。
撤退した先で対処していなければ危ないかもしれない。そう思いながら仲間を信じて合流地点へと撤退を続ける。
合流地点までもう間もなくだ。