91、鬼姫
弥叉の食糧奪還成功の一方、今回の戦いで敵の根城である屋敷前では屋敷前を囲み守っている兵士を吹き飛ばしていきながら進み続けていたセラスがついに屋敷内に足を踏み入れていた。
屋敷内も兵がひしめいている、と思ったのに屋敷内はだらんとしたものでまったく兵士がいなかった。
「あの数を真正面からってやっぱあんたも十分鬼人種の上位種ってか」
「他の鬼人種共より学があるから少しは物分かりがいいとも思ったんだがなぁ」
まぁ、まったくいないのであって相手がいないという訳ではないようではありますけど。
目の前に現れたのは二人組。
見たところ外の雑魚な人達とはレベルが違って多少は強者のオーラってのがありますわね。種族が蜘蛛じゃないから(甲殻類の種族かしら)大蜘蛛のお抱えの傭兵ってところね。
外で戦っている時、兵士がいても将の様な別格の方はいないようでしたしこの屋敷に入ったら外の兵士が追ってこない。吹き飛ばしはしましたが全員を戦闘不能にしたわけではありませんし追いかけてこようと思えば十分可能でしょうから屋敷に入ってからは強者が対処するとでも命令されたと言った所でしょうね。
「なんですの、その人の事をがっかり感で見てきてとても不愉快ですわよ」
「”鬼姫”なんて二つ名にその容姿だ。十分詐欺レベルだと俺は思うんだがな」
「俺も俺もなんか姫って言ったら御淑やかってイメージだったのに外での暴れよう見たらさ、姫は姫でもじゃじゃ馬姫だろって叫んじゃったもん」
「・・・分かりました。再起不能がお望みのおバカさんだと受け取りましたわ。もうその口閉じさせてもらってもよろしいかしら」
戯れで話しかけたのが間違いでしたわ。さっさと済ませて先に行きましょう。
「おっと」
「ちょっと待った」
「今度はなんですの!?」
こっちが仕掛けようとしたのに声で邪魔されて思わず叫んでしまった。
なんか調子崩されますわね。
「まぁまぁそう怖い顔をするな」
「俺達はこの屋敷の先鋒を任されているのでな。もしもの為に説明だけはしとくように言われている」
「その内容は」
「この屋敷は全部で6フロアに分かれていて、そのフロアごとに貴様と戦う相手が用意されている。その相手が俺達のように二人な時もあるし集団戦を得意としている者が複数人で待機している場合もある。もちろん貴様とサシでやる奴もいる」
「つまりそいつらを全部倒さないと馬鹿貴族のいる所には行かせないと」
「そうだ」
「それじゃあやろうか」
言うだけ言って臨戦態勢にはいる二人に対して私は逆に大きな溜息を吐いて肩をすくめた。
「あなた方一ついいかしら?」
「なんだよ」
「出鼻を挫かないでもらいたい」
あなた達に言われたくない!!と言うのをぐっと堪える。
なんかこの人たちに付き合っていると時間が無駄に過ぎそうだ。
「わたしが全部の人達を倒していく意味ってありますの?馬鹿貴族がいる所をあなた達に聞いて直接向かえば済む事でしょう?なんでわざわざ全員の相手なんかしなきゃいけませんの」
「うむ。前言撤回意外といいところに気づく」
「そうだな。確かにそれは可能だろうな。だがそしたら捕虜もとい人質の命を亡くすだけだな」
「む」
「兵舎の火災を対処していた兵士が捕まっているのは知っているよな?そいつらは今のところ捕虜として生かしている。だが別に生かして置く意味もない。むしろ鬼人種だから上はさっさと殺したがっているしな」
「それでも生かしているのはここで私に全員と戦わせる選択を選ばせるようにするための駒ですのね。なるほどなかなか愉快な策をしてくれますのね」
捕虜と言われて人質にするのは予想がつきましたけどあの馬鹿貴族が自分の保身の為に使うと思っていましたのに。
「まぁそういうことだ。不愉快に思うだろうが別にすぐにでも殺したっていいのを生かすチャンスをやっているのだから優しいと思ってもらいたいものだな」
いう事が終わりまた臨戦態勢に戻る二人。
私も戦闘状態に入るとようやく戦いが開始した。
口数が少ない糸目の男の名はイトナ。カイコガの異種、甲殻がより発達し代わりに飛ぶ能力の退化した種族で蜘蛛同様糸系のスキルを持つ。
もう一人の説明の大半を行った方の男はオック。甲殻種のキリギリスの魔人。説明の時の楽観的な雰囲気とは裏腹に戦闘時には人格が変わったと思うほど獰猛で好戦的へと変わる。
二人はコンビで動く裏稼業の傭兵である。
戦闘スタイルは基本的なパートナー戦術の前衛と後衛型。前衛をオックが、後衛をイトナが務める。
前衛のオックは全身が筋力の塊だがその中で足の筋肉は飛び抜けて高く、その機動力を駆使したヒット&アウェーを仕掛けてくる。対して後衛のイトナは周りに属性付きの糸を放ち敵の動きを制限しオックの戦闘をサポートしながら自身も魔法で攻撃してくる。
放つ糸はオックの甲殻には効果がない為相手は時が経つほど不利な状況に追い込んでいく。
裏稼業でも指折りの実力者である。
そんな二人は今回の戦いもその例にもれずまずオックの脚力に物を言わせた突進で一気に距離を詰め、その間にイトナが周囲を糸で覆い始めた。
ラセスはオックの突撃を衝突前に軌道を反らしていなすと初級魔法風の矢を発動してイトナに放った。
イトナはそれを避けずに同系の初級障壁魔法で防いだ。
上手く反らされたオックは思った以上に着地に距離が開き、再び近づこうとしたがこちらは土の刃によって阻まれて距離を詰めるまで遅れた。しかし至近距離に入る事はできたので、オックは速度で翻弄するようにしながら拳を振るっていった。
イトナも既に必要な糸を放ち終え自分達の戦闘状態に入ったと思った。
「最初の脚力だけは良かったですけど後はザルね。今まで速度が高くて何とかなったようだけどそんな格闘術ではこの先通用しませんわよ」
オックの三度目の拳が手のひらで止められた瞬間にラセスは薄笑いを浮かべそう言い放った。その後、悪寒がしたオックは距離を取った方がいいと離れようとしたがその速度に合わせてラセスは距離をキープしてきた。
「っ!?」
速度に自信があっただけにオックはその状況に思考が一瞬遅れた。
ついで顔と足を軽い攻撃で払い体勢を崩され空いた腹に向かって大振りの一撃が放たれた。
声を上げる事もできず口から血を吐いて後方に吹き飛ばされ、床をバウンドしたのち壁にのめり込んだ。
いつもなら相方のオックが懐に入ると相手はオックの対処に意識の大半を向けざるおえなくなるはずが簡単に吹き飛ばされた事によりイトナは普段の戦術が崩れたのだとすぐに一撃を放った体勢のラセスの背後に移動し自身の持つ最高の麻痺毒で急ぎ戦闘終了を図った。
「貴方は駄目ですわね。いつも後ろに隠れているから接近戦は言うまでもなく後方としても三流。一から鍛え直すことをお勧めしますわ」
しかし攻撃は避けられ、すぐに距離を詰めたラセスが眼前に現れるとラセスはオックの時同様大振りする。
避けられないと悟ったイトナは咄嗟に身体の中心をガードして拳をくらい、後方の壁にダイレクトでぶつかった。
何とか意識を保ったがガードの上からなのにも拘らずとんでもない拳の威力にもはや戦意はない。だがイトナが衝撃で目を閉じた瞳を開けると目の前にはまた拳を振り上げているラセスの姿があり恐怖に震えながら再び腕でガードを作ると今度こそ衝撃後に意識を失った。
「少し時間が掛かってしまいましたわね。あと5つでしたっけ?・・・はぁ、とても面倒ですわね」
二人の意識が失った所でラセスは肩を竦めて面倒だと言う態度を示しながら次の刺客のいるフロアを目指した。
面倒という割にはとても楽しそうな顔をして。
次回は弥叉の兵士解放側を書いていきます。