90、食料庫
ノルティアの街の東の端、やや住宅から離れ周囲から一定の距離が置かれ背後を崖に囲まれた場所。倉庫が全部で3つ建っており兵士が待機兵と巡回兵の二つが見えていた。
「ひえぇ・・・ヤシャさん本当にここを攻めるんですかぁ」
「もう諦めなさいよ。コロル、私たち全員宝物庫への襲撃には乗り気だったんだから食料庫を攻めるのを今更無理とは言えないよ」
「でもでも~」
「コロルは避難経路に待機していればいいだけだから俺達がしくじらなければ何もないから大丈夫だよ」
不安が口に出ちゃっている様なので安心させる様に頭に手を乗せるとコロルの緊張が伝わってきた。
「ヤシャさんの手気持ちいいです」
「あ、あー!!コロルいいな~」
「シノもするか?」
「え?いいんですか?」
「むしろこっちがしたいぐらいだけど?」
「なら手を握ってもいいですか」
返事の代わりにシノの手を握るとシノの手は少し汗ばんでいた。
シノはシノで緊張していたのだろう。これからすることを思えばコロルやシノ以外もみんな恐怖を感じているのだ。
少しでもこの緊張が解けるならこのぐらいどうってことない。
「イヨ。最終確認しようか」
「そうですね。ここから目的地まで僅かですしここで確認して各自行動の方がいいですね」
「うん。まずはさっき決めたようにオレとイヨ、シノが潜入メンバーでコロルとスーが待機。警備とは極力対峙しないでいく方針でいく」
「潜入は崖から。食料は部屋はそんな多くないし大部屋にあるでしょう。回収後すぐに撤退。コロルとスーはもしもの時の退路の確保。シノはヤシャの補佐で、私は周囲の警戒。これで合ってますよね」
「うん、そんな感じでいこうと思うよ」
「簡単に言いますけどこれ冒険者のランクだと普通にAランク任務ですよね」
相手の数は5倍以上でこちらは5人。多勢に無勢もいいところだ。
そんな中警備の目を掻い潜らないといけないが周囲の建物から離れているせいで隠れる所もなく危ない崖からの侵入を余儀なくしている。崖は結構高いから一歩踏み間違えれば大惨事だからかなり困難なことだ。
「でもなんか燃えてくるなぁ」
恐怖や不安がない訳ではない。
ここに責任感なんかあったらもう満足に動かないんじゃないかってぐらい身体が強張っていたと思う。
でも何と言ったらいいか、前の世界では味わえなかった興奮?のような感情のが強いんだよな。
いい具合に頭がハイになっているのかも。
「そうですね。このぐらいアジュラさんについて行くのに比べたら何ともないですもんね」
「あれは失敗したら死、こっちは失敗していいだけ気楽」
潜入する二人が俺の言葉に続いて威勢のいい言葉を続けた。
そしてスーの発言に皆が同意する様に笑い合う。
「それじゃあ、潜入しに行くますか」
「「「「はい」」」」
◇ ◆ ◇
「さてとそんな訳で後は窓から侵入するだけなんだが。ここからが問題だよな」
崖を登り倉庫の裏までついて窓から中を確認する。
倉庫と言うだけに中は大きな空間が二部屋あるだけだった。
その一部屋事に兵が5人。全部で六部屋だから30人と外に出ている兵6人で36人か。
また中途半端に対処できるかどうかって数だった。
「ヤシャさん。守備兵の数は思ったより少ないですね」
「あぁ占拠している割にはこの数は少ない気がするけどな」
「たぶんみんな本丸の警護に回されているんだと思いますよ。ただでさえ領主側の兵士は出ているのと捕まっているので少ないですから占拠された場所を奪還する余裕が無いと判断しての事でしょう」
「なるほど。・・・それでも相手の力量を見た限り戦って奪うのは無理そうだからなぁ」
「あぅ・・・弱くてすみません」
「いや、俺もそんな変わんないから大丈夫だよ。それに案がない訳じゃないから」
たぶんもうそろそろなはずなんだが。
そう思っていると中の兵達が何やら騒ぎ出した。
窓から中を覗くと兵士達が急いで外へと出て行き、中の兵士がいなくなった。
「行くぞ、シノ。イヨは次の倉庫の窓を開けといてくれ」
「え?え?」
「了解です」
今が好機と窓から中へと進入した。
俺の突入に合わせてイヨは隣の倉庫へと走り、シノは状況が読み込めずワンテンポ遅れて俺の後に付いて来た。
俺はすぐに物資に近づくとアイテムボックスで片っ端から入れ出した。
「シノ部屋に何かめぼしい物がないか見てくれ。これが終わったらすぐ次に行く」
「はい」
現在のアイテムボックスの総量は420トン。既に東京ドームすら入れられるレベルになっている。このくらいの物資ぐらい訳はない。
そう言っている間に一部屋目が空になり、隣に移動し入れ、また空になったら今度はイヨが窓を開けてくれている隣の倉庫へ。
全ての食料を入れるのに10分と掛からなかった。
「よし、終わり。さっさとここから離れるぞ」
「ヤシャ、ヤシャ」
「どうした」
「これ、めぼしいものっぽい」
全ての物を回収し終え後は離れるだけとシノに撤退するように伝えるとシノは何かを発見したようでその何かを指しながらこちらに呼び掛けてくる。
時間もないが気にもなり急いで向かうとそこには紫色の光を帯びた円盤状の装置?の様なものが置かれていた。
食料庫の道具かとも思ったがなんか曲々しい光を放っていてとてもそうは見えない。しかし詮索している余裕もないので取りあえず回収しておくことにした。
「こいつの詮索は後にして早くここから離れるぞ。兵もそろそろ戻って来る頃合いだ」
「了解だよ」
やることが全部終わって安心したのかシノの口調はだいぶ軽い物言いに戻っていた。
崖を下る途中倉庫にようやく戻ってきた兵士の叫びを聞いたが崖の下をすぐに見に来るようなものはおらず下に下りきるまで姿を見られる事はなかった。
「ヤシャさーん」
「うおっと」
それから待機組の二人との合流地点に行くとこちらが二人の姿を確認する前にコロルが低空タックル、もとい抱き付いてきた。
頭が鳩尾に行く事はなくやや高めに当たるがそれでも胸への一撃はなかなかの威力であった。
余裕そうにふるまえた俺を褒めて欲しいと思う。
「大丈夫ですか?怪我とかしてないですか?」
「大丈夫、大丈夫、戦闘にもなってないから」
「コロル見てたから分かる事を聞かない。ここは労うようにお疲れでいい」
「ああ、スーか」
「なんか私御邪魔だった」
「いやそんな事ないから」
「嘘。二人もお疲れ様」
スーは気にした様子はなく俺の後ろにいたイヨとシノにも労いの言葉を掛ける。
まだ抱き付いているコロルを剥しもっと安全な場所に移動しようと言って魔族ギルドを目指す事となった。
「それで成果の方はどう?」
「上々、食料は根こそぎ奪ってこれたからな。これで食料庫は奪還したようなもんだ」
「この後はどうします?食料庫だけという訳にもいかないでしょう?」
「残っているのは門と武器庫、それに宝物庫」
道中今後の予定を聞いてきた四人に俺は次の標的の場所を指定する。
「兵士の開放をしようか」
久しぶりの次話です。
最近アドリーバス編の弥叉のいなかった場合の方ばかり気がいってなかなか進んでいなかったので本当に見直し中の間より久しぶりに感じます。
因みに時間をかなり取ったのにも拘らずアドリーバス弥叉のいない場合を上手く纏められていません。アドリーバスの結末を書き過ぎると本編のネタバレ盛りだくさんになちゃうんだよな。一度本編に戻ろうかな…。
取り敢えず今回だけで食料庫の奪還(略奪)が終わり次は兵士の開放。そろそろ弥叉に戦闘をさせていきたいところですがその前に他の場面も入れたいとも思っています。