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スナック  作者: ヤマダ
8/22

動物園

 ひっそりと静まり返る夕闇の並木道を、木枯らしが吹き抜ける。

 いつもは動物園から帰る人で賑やかな通りも、年の瀬だからかひっそりとし、すっかり葉を落とした木々が寂しげに立ち並ぶ。そんな中、ぽっと暖かな灯りがひとつ。屋台にかかる赤い暖簾には大きくおでんの文字。

 「今日は仕事納めだから、たんまり食べていきな」

 店の奥でにこにこと白髪の男性がおでんを茹でている。顔に大きな傷こそあれど、人の良さそうな顔をしている。

 「今日は大村さんの奢りですからね」

 「馬鹿言え。年末だからって調子乗るな」

 先輩後輩らしき若者二人がおでんを前に早速品定めをしている。

 「しばらくタモツさんのおでんが食べられないと思うと寂しいっす」

 後輩のひどく残念そうな顔にタモツはつい笑ってしまう。

 「嬉しいこと言ってくれるね小林くん。まぁ、動物園が休みじゃ商売あがったりだからね」

 正月明けまで長いなあ、とぼやく後輩に先輩である大村は呆れた顔だ。

 年末の少し寂しい雰囲気の中、ここだけ暖かな空気が漂う。


 「はい、おまち」

 湯気が立ち上る器が二人の前に差し出される。

 「やっぱ寒いときはタモツさんとこに限るな」

 「なんだ、結局好きなんじゃないすか」

 小林が茶々をいれると、うるせえ、と頭を叩かれた。

 「小林くんは仕事には慣れたかい」

 小林はこの動物園に今年の夏にアルバイトで入ったばかりだ。

 「はい。もう快適すぎて他の仕事出来ませんね」

 はふはふと大根を頬張りながら小林が答える。

 「初日からパンダなんて、こいつ運が良すぎなんですよ」

 ちょっとぐらい苦労すべきだとぼやく大村に、小林は「運も才能ですから」と得意気に笑う。

 「最初は驚いたでしょ、この仕事」

 タモツがそう尋ねると、待ってましたとばかりに小林は勢い込んで喋りだす。

 「そりゃもう、ビックリどころじゃないですよ。俺、バイト初日に大村さんから脱げって言われたんですよ」

 「馬鹿。そんな言い方じゃなかっただろ」

 小林をひっぱたいてから慌てて周りを見渡す大村。幸いなことに師走の大通りには人っ子一人いない。そのことにほっと胸を撫で下ろすが、すぐさままじめな顔で小林を見る。

 「前も言ったが、人間が動物園で動物を演じているのはあくまで体調不良や群れからリタイアせざるを得なくなった動物のためで、機密事項なんだからな。くれぐれも公の場所で軽々しく話すな」

 大村から怒られることには慣れているが、今回は明らかに自分のミスなので小林はしゅんと俯いてしまった。大村もそんな様子を見て、少し厳しく言い過ぎたと気まずい空気が流れる。

 まあまあ、とタモツがそんな空気をとりなす。

 「小林君のパンダ、すごく評判が良いみたいよ。さすが役者だね」

 その言葉にぱっと顔を輝かせる小林。本当かどうかと問うように大村へ向き直る。

 「まあ、いいんじゃないか」

 素直に褒めるのが照れくさいのか、大村はあくまでそっけなく言う。その言葉がよほど嬉しかったのか、小林はガッツポーズを決めている。

 「あくまでも役者で食っていけないから始めたアルバイトなのに、ここで満足するんじゃないぞ」

 「わかってますって」そう言いながらも顔は嬉しさのあまりにやけきっている。


 「そういえば」不意に思い出したといった風に、大村は笑顔でやり取りを眺めているタモツに問いかける。

 「タモツさんはもうサル山には帰らないんですか」

 その言葉にタモツは一瞬表情を固めるが、すぐに困ったような笑顔になる。

 「一度、ボス争いに敗れたサルにはもう居場所がないからね」

 その時に付けられた顔の大きな傷を恥ずかしそうに掻きながら話すのは、いまだにサルである自分を捨てきれないからだろう。

 「動物も大変なんすね」

 「俺にはこうやって人間やってるほうが気楽でいいさ」

 こうして二人と一匹の夜は更けていくのであった。


〈了〉

お題 仕事納め

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