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スナック  作者: ヤマダ
7/22

アトムの子

 遥か遠いむかし、幼い僕は父さんと母さんと家で映画をみた。居間の大きなソファに僕を真ん中に置き父さんと母さんが僕を挟む形で。

 映画は人間になりたがるロボットの話だった。家政婦としてやってきたアンドロイドの主人公が人間になりたいと願い、初めは見るからに機械だった体もどんどん人間の外見に近づいてく。外見だけではなく感覚を感じられるようにしたり、人工心肺などの内臓も自分で作り出し体へ組み込んでいく。

 まだ小さな僕にはその映画は難しかった。それでもおとなしく映画をみていたのは父さんと母さんがあまりにも思いつめた表情だったから。映画が終わった後に両側から強く抱きしめられたのを覚えている。

 これが、僕の思い出せる一番古い記憶。


 父さんと母さんが交通事故で死んだ。信号無視をしてきたトラックに突っ込まれて、即死だったそうだ。

 研究者であった父さんと母さんの葬式はひっそりと行われた。自宅の敷地内にある大きな研究所にこもり幾人かの部下たちとひたすら研究に没頭していた彼らに人付き合いはほとんどなかった。ただ、その業界では名が知れた存在だったらしく葬式のときにはたくさんの花が贈られてきたが、僕は両親がいったい何の研究をしていたかは教えてもらえなかった。

 部下たちは葬儀をてきぱきとこなし、そそくさと研究所を去っていった。僕が生まれた頃からいる人も多く、昔はよく勉強を教えてもらったり遊んでもらったりもしたのだが、結局は父さんの援助が必要なだけだったのだろう。こうして僕はひとりぼっちになった。

 こういうと、なんて可愛そうだなんて哀れむ人もいるかもしれない。もちろん両親のことは好きだったし、とてもショックを受けた。でも、心の奥底では少しほっとしていた。

 体の弱い僕は学校へ通うことも外で同年代の子供と遊ぶことも出来ず、ずっと家の中で生きてきた。外で遊びたい、学校へ通いたいと駄々をこねると、母さんは泣きながら僕にごめんねと言うのだった。よほど病弱だったらしく、いつ体調が悪くなるか分からないので月に一度は必ず健康診断があった程だ。そんな鳥かごの鳥の状態からようやく抜け出せたのだ。


 一人になった僕は、外の世界を大いに満喫した。本やテレビで知りずっと憧れていたコンビニに行ったり、あてもなくふらふらと歩いてみたり、デパートで買い物をしたりと普通の人には特別でもなんでもないことが僕には全てが真新しく愉快なものだった。

 それはある日のことだった。喉に違和感を覚え異物を吐き出そうと大きく咳きをすると、口を押さえた手のひらに何かが当たった。小さく硬い感触に歯が抜けたのかと慌てて確認する。

 手に乗っていたのは、小さな錆びた歯車だった。まだほのかに温かく、僕の中にあったことを証明する。

 このとき、僕はようやく全てに納得がいったのだ。


 今まで入ることを禁じられていた研究所。少し緊張しながら扉を押すと、あっけなく開いた。誰もいない研究所は薄暗く、まるで父さんと母さんの後を追うようにして死んでしまったようだ。研究機材や資料が所狭しと並ぶ中、僕はある一点に釘付けになった。

 そこには僕がいた。

 幼い僕から父さんの背を越したあたりの僕まで、ショーケースに入れられてずらりと並んでいる。どの僕も眠っているようにしか見えないが、実際にそうなのだろう。これは僕が大きくなるために脱ぎ捨ててきた抜け殻なのだと直感した。不思議と懐かしいという思いが湧き上がる。そして、大切に保管された二冊の本。一冊は僕の構造や学習能力、月に一度のメンテナンスについて事細かに書かれている。もう一冊はアルバムだった。


 暗い部屋の中、僕はソファに一人で腰かけあの映画を見ている。

 今ならば、あの時強く抱きしめてくれた気持ちが痛いほどに伝わる。

 今まで僕として働いてくれたこの金属片は、役目を果たしたとばかりに手のひらの中で黙り込んでいる。今まで噛み合って回っていた歯車がひとつ欠ければ流れに支障をきたす。僕が動かなくなるのも時間の問題だろう。かつての研究者たちに治してもらうつもりもない。

 映画の最後、主人公は人間として愛する人の傍らで死んでいく。父さんも母さんも、僕を人間として愛してくれた。

 僕は歯車をテーブルに置き、もう帰ることのない家を後にする。真っ暗な部屋の中ではエンドロールが流れ続けているだろう。


〈了〉


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