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スナック  作者: ヤマダ
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夜の子供

 虫の声が涼やかに響き、大きな満月が野を照らします。その光に照らされて、大きな影がふたつ、小さな影がひとつあります。

 「夜道は危ないから気を付けるのよ」

 心配そうにいいながらお母さんは男の子に手作りの提灯を持たせます。

 本当はカボチャで作ったのがよかったのですが、去年おねだりしたら「食べ物を粗末にするのは許さん」とお父さんに怒鳴られたので黙って受けとります。

 お父さんは外国の文化を毛嫌いしているので、そちらの理由が大きそうです。

 早速、提灯に火を灯すとぼんやりとした暖かい明かりが生まれます。

 おーい、と向こうから小さな灯りがふたつ近づいてきます。男の子と同じように提灯を掲げた子供たちです。どの家庭も似たようなものなのでしょう。

 「じゃあ、行ってくるね」

 男の子がお父さんとお母さんに声をかけて夜の闇へと駆けていきます。

 「あんまり遅くならないでね」

 「たくさん驚かせてくるんだぞ」

 すでに小さくなった背中に向かって二人の鬼が呼び掛けました。


 日本でハロウィンの文化が受け入れられ始めたのはここ最近の出来事ですが、妖怪にしたって同じです。

 初めこそ西洋の文化ということで抵抗はありましたが、お祭り好きな妖怪たちがこんな楽しそうなことを見逃す訳がありません。

 特に、子供の妖怪たちには仮装に紛れて人里に降りることのできる絶好の機会なのです。

 「それにしても、随分と明るいね」

 小鬼の男の子が眩しそうに目を街灯に凝らします。夜だというのに至るところに灯りがあり、街の喧騒が微かに聞こえます。

 昔と比べると闇が少なくなったと鬼の子は両親からよく聞かされます。山の上から麓の街を眺めるときらきらと瞬いてとても綺麗です。しかし、綺麗な反面、妖怪たちが闇に紛れて人間を驚かしにくい世の中になってしまいました。これは彼らにとっては悲しいことです。経験を積んだ大人の妖怪でも驚かすことが難しいというのに、まだ幼く力も弱い子供の妖怪にはなおさらです。

 そこで、ハロウィンです。頭に角をはやしていたり、おかっぱの着物姿の女の子やしっぽがふりふりと動いている子も、今夜だけは自由に街を歩き回れるのです。


 「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ」

 元気よく子供らは叫びます。

 大抵の人は彼らを見て驚きます。何しろ仮装ではなく本物の妖怪ですからね。西洋のお祭りに日本の妖怪が提灯を提げてやってくるのも不思議に思うのでしょう。

ですが、あまりにも見事な妖怪っぷりにお菓子をたんまりくれます。

 「本物だと思ったよ」

 そう笑顔でお菓子を貰えるのが子供たちは大好きです。滅多に食べられない、人間の甘くて美味しいお菓子がたくさん貰えるのですから喜ばずにはいられません。

 そして、いつもは人間から怖がられたり嫌がられたりする彼らが、この日だけは人間と仲良くできるのがたまらなく嬉しいのです。

 ただ、人間も決していい人間ばかりではないのです。


 たくさんお菓子も貰えて意気揚々と次の家へと向かいます。

 次の家は薄汚れたアパートの一室でした。

 「なんだか嫌な気配がするね」おかっぱの女の子が顔をしかめていいます。

 後ろで男の子の尻尾も不安げにゆらゆらと揺れています。

 「お菓子、ちゃんともらえるかな」男の子は心配そうに呟きました。

 「そんなことが心配だったんだ」

 なんだか気が抜けて三人はお互いに笑いあいます。

 「大丈夫、お菓子は貰えなくても面白いことになるよ」鬼の子はにかっと大きな口で笑うと、背伸びしてチャイムを鳴らしました。

 ぴんぽーんと音がしても何も物音がしません。誰かがいる気配がするのに。不思議に思い何回かチャイムを鳴らすと、ようやく人が来る気配がし乱暴にドアが開きました。

 出てきたのは、いかにも機嫌が悪いといった男の人です。夜中に呼び出されて随分と腹をたてているようです。

 「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ」

 少々気圧されながらも子供たちは叫びます。

 「さっさと帰れ、ガキども」

 男は子供相手に大声で怒鳴り、勢いよくドアを閉めてしまいました。思わずびくりとなる程の大きな音が響きます。ですが、これくらいで負ける子供たちではありません。

 また、鬼の子がチャイムを何回も鳴らします。今度はすぐに早足でこちらに向かうどたどたという足音が聞こえます。

 「うるせえんだよ!!」男はさっきよりも更に怒っているようです。男はこれで逃げ帰るだろうと思って子供たちを見ると、逃げるそぶりも見せずうつむいています。

 「ねえ、おじさん」

 鬼の恰好をした男の子がうつむいたまま話しかけます。

 「いたずらしていい?」

 そういって、三人がいっせいに男を見上げにやりと笑いました。

このときに男もようやく何かがおかしいことに気づきましたが、それも後の祭り。

なんたって相手はただの子供ではなく、押さないながらも立派な妖怪なのですから。


 「あーあ、おもしろかった」

 「お菓子もいっぱい貰えたし、本当にいい日だね」

 いつの間にか高く昇った満月の下を三人は軽やかに駆けていきます。

 「それにしても、あんなに驚くとは思ってなかったなあ」

 アパートの男のことを思い出しながら、鬼の子は呟きます。

 子供たちに散々怖い目に合わされた彼は、しばらくは気絶したままでしょう。

お菓子を貰えるのもハロウィンの良いところですが、人間を驚かす練習になるのも彼らにとっては重要な要素なのです。

 「早く来年にならないかな」

 胸に心地いい満足感を抱きながら、鬼の子は月を見上げてそんなことを思うのでした。


〈了〉


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