転象届
pixivにて掲載した作品。
市役所から届いた封筒には、可愛らしいピンクのゾウのキャラクターが印刷されていた。
とうとう届いてしまったか。請求したのは自分とは言え、実際に手にすると緊張する。重要書類の判に物々しさを覚えつつ、慎重に封を開ける。
象という漢字は、動物のゾウのあの印象的な姿から生まれたそうだ。
大きな耳に長い鼻、それにあの巨体ときている。文字からもその面影は、何となくだが感じ取れる。まさに、象形文字と言う訳だ。
その一度見たら忘れられない姿のせいか、この漢字には『かたち』の意味も含まれている。
ぴしっと几帳面に折り畳まれた用紙に刻まれた、『転象届』の印刷。
こんな紙切れ一枚で、新たな姿を得てしまうのか。
揺らぐ思いを見透かすように、ピンクの象は笑みを浮かべる。
「そろそろ、なりたい姿を自分で決めてもいいんじゃない?」
オンライン通話中のパソコン画面で、小さなネコがこちらへ喋りかけてくる。もちろんただのネコではない。人間で、しかも学生時代からの友人である。自分がネコと会話をしている姿は、客観的に見ればとても奇妙に映っただろう。
「手続きはちょっと面倒だけど、楽だよ? 精神的に」
そう言ってぐっと伸びをする。ネコの顔のせいで表情の読みとりは難しいが、この姿の彼女は纏う空気が和らぐ気がする。
「普段の自分と違う姿を持つことが?」
「そう。逃げ場というか、シェルターというか……。とにかく、一度試してみれば?」
目の前のネコが、パソコンに手を触れた様子もなく手品のようにぱっと人間姿に切り替わる。
画面の向こう側にいる見慣れた友人の姿に、僅かながらほっとした自分がいた。
通話を終えて一息ついてから、ふと思い立ちパソコンの検索画面に飛ぶ。単語を打ち込めば瞬時に求めていた情報に難なく辿り着く。
仮象と転象権について。
公的機関のホームページ特有の、読みやすさと分かりやすさに特化した少し野暮ったくさえ思える解説ページ。ピンクのゾウのマスコットキャラがあちこちに散りばめられている。
仮象とは、人が人生の中で一度だけ設定できる、自分自身とは別の『かたち』だよ。
君はゲームやSNSで自分の趣味や好みを反映した自分の分身、アバターを作ったことがあるかな?
仮象は、それを現実世界で行うことを指すんだよ。
転象権は、誰しも仮象を作ることができる権利のことなんだ。
親しげにピンクのゾウがこちらに教えてくれる。
この世界に仮象が根付いたのは、ここ数年の話だ。インターネットの拡大に伴いSNSやオンラインゲーム上で匿名性を保ったままの付き合い方が必要となり、自分の分身となるアバターを発展させた。仮想空間で架空の姿を用いてのやりとりも若い世代を中心に世間に浸透し、その姿で動画を配信しアイドルやテレビタレント並みの人気を得る者まで現れている。
そして、仮象である。匿名性の高い容姿の悪用ができないように役所で本人確認の紐付けさえすれば、一つだけ好きな見た目になれるのである。
「好きな見た目、ねえ」
さらに画面をスクロールすると、注意事項が箇条書きで現れる。
設定は一度きりでやり直しができないリスクこそあれど、普段とは別の姿になることで精神的に解放され、人目を気にせず自分らしく振る舞えると本来見えている像を変える転象者は少なくない。
もちろん、有名人など実在する人物には肖像権が、二次元作品のキャラクターには著作権が存在するので転象はできない。依頼者の要望を聞き、オリジナルの仮象を作るデザイナーもいるが、デザインの転用や盗作、依頼者にとって一生消えない黒歴史化するなど問題も後を絶たない。
性別を変えたり若い自分の姿や理想の体型など、整形手術のように扱うこともできるが元の姿とのギャップに次第に心を病む可能性も大きいのでおすすめできないとは専門家の意見だ。
それを踏まえた上で、法に縛られず仮象を楽しめると人気なのが動物および獣人である。
先程までのオンライン通話を思い出す。彼女は、亡くなった愛猫を仮象に選んだんだった。子供の頃、彼女の家に遊びに行っては温かな背中を撫でさせて貰った。人懐っこかった分、別れの際は声も掛けられない程に憔悴しきっていた。そこから立ち直れたのも、仮象としていつも一緒にいられるようになったからだと彼女は笑顔で教えてくれた。まるで生きていた頃の面影そのままで、安心するそうだ。
可愛がっていたペットと忘れたくないと同じ姿になったり、愛玩動物となり恋人に愛でられたいと考え仮象に選ぶのは珍しくない。
肉体と精神の調和が重要であり、化粧だったり仮装だったりと同じように自分が心地いいと思える外身を気軽に楽しむのが仮象のコツなのだそうだ。
「ままならないねぇ、人間って生き物は」
まるで他人事のような気持ちで、投稿された体験レポを読み進める。
自分は、何になりたいのだろう。
洗面台の鏡に姿を映すも、この容姿以外の自分はいまいち思い浮かばない。
動物でも、イヌやネコやウサギなどの可愛らしい小動物以外に、鋭い爪と牙を持つトラや、屈強なクマ、大きなツノを生やしたシカを自分の仮象にする人もいる。
確かに、自分の姿が凶暴であれば力強い味方を得た心地にもなるだろう。内側に大きな獣を飼っていれば、大抵の物事は許せる気がする。
趣味に走るのであれば、人間からかけ離れた生き物も楽しいかもしれない。しなやかヘビの身体や、蠢くタコの脚はマニアに隠れた人気がある。恐竜や怪物姿の自分だって興味深い。ただ、人体から遠ざかる程、姿を保つのが難しく長くは仮象でいられないそうだ。
仕事をして帰ったら眠りにつき、また仕事に行く生活。その繰り返しの中で仮象は一時の清涼剤でもあるのだ。
外に出かける時、家でリラックスして過ごす時、自分にはどんな姿こそ相応しいだろうか。
鏡に尋ねても、答えは返ってこなかった。
「君は一体、何になりたいんだい?」
目にも鮮やかなショッキングピンクのゾウがこちらに問いかける。暗闇の中でスポットライトを浴び、器用に両足で立つデフォルメ調のそれは、目の前のすべてが夢だとはっきり告げる。
ぐねぐねと自在に動く長い鼻とばたつかせる大きな耳は、本当に自分と同じ哺乳類なのか疑わしく思える。
「例えば、小さくか弱い存在なら、無条件に愛して貰えるだろうね」
つん、と鼻先でおでこをつつかれれば、そのまま空気が抜けるように体がしぼみハムスターになっていた。小さな手足で駆けて見れば存外身体が軽く、愉快な気持ちになる。
「大きく力強い存在なら、自然と余裕が生まれるかも」
再び額に鼻が触れれば、今度はぐんぐんと風船が膨らむように大きくなりオオカミに変わっている。遠吠えをすれば、不思議と自分が強くなった心持ちだ。
その後も、ゾウに触れられる度に身体は自在に変化する。縮んだり膨らんだり、柔らかや毛並みに埋もれていたかと思えばつるっとした鱗に覆われていたり。力強く大地を蹴るのも、軽やかに宙を舞うのも、夢の中の出来事だからかすんなり受け入れてしまっている。
「チャンスはたったの一度きり。よーく悩んで決めればいいさ」
ゾウがこちらに大きな姿見を向ける。そこに自分の姿はなく、ゾウの鳴き声が響き渡り目が覚めた。
もちろん、姿は人間のままだった。
今の自分に満足している訳ではないが、そこまでの不満もないのは確かだ。別の姿に変身するのは楽しそうだとは思うが、このままでもいいと思える自分もいる。ただ、物は試しと転象届を請求し受け取った時から見える世界は少しだけ変わった気がする。
例えば、公園で小さな子供と遊ぶウサギ頭の男性。彼は我が子に怖がられないよう可愛らしい姿を選んだのかもしれない。
例えば、電車で向かいに座った本を読む女性。彼女は大人しそうだと思われるのが嫌で、家ではワニとなりがぶがぶとクッションに噛みつきストレスを晴らす夜もあるかもしれない。
誰もがほんの少しの生き辛さを抱え、浮き世の辛さを忘れるために転象するのだ。自分を脱ぎ捨て、自分らしく振る舞うために。
未だに仮象を何にするか決めかねていて、転象届は家の引き出しに入れたままだ。
いつかなりたい姿が見つかるまで、ピンクのゾウは眠らせておこう。
別の自分になれるチケットが手元にある。それだけで、少しだけ何でもない日常にわくわくしている自分がいた。




