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スナック  作者: ヤマダ
10/22

春の幽霊

 暖かな陽射しのなかうとうととまどろんでいると鶯の声が聞こえてきた。

 「風流だねえ」私は眠い目をこすって背後にいるであろう里美に言うと、おばあちゃんみたいとくすくす笑った。

 こんなに晴々とした気持ちのいい日にデッサンなどしているのは私たちくらいだろう。真っ白な石膏像たちは柔らかな光を受け淡く輝いて見える。本当ならばどこかへ遊びに行きたいところだが、せっかくデッサンの書き方を教えてくれる里美の手前そんなことは言えない。


 「そういえば、私、鶯を見たことがないな」

 「私も。これほど分かりやすい鳴き声なのにね」

 声はするのに姿は見えないなんて幽霊みたいだ。心の中でそっと呟く。

 二人きりのデッサン室に声が反響する。手に持った木炭が宙で留まっている。集中が途切れたときについつい人に話しかけてしまうのは悪い癖だ。里美もそのことを分かっていてお喋りに付き合ってくれる。

 「もしかしたら、いないのかもしれないよ」

 私がふざけながら言ってみると、「どうして」と面白そうに続きを促してくる。

 「本当は、鶯はとっくの昔に絶滅しているんだけど、それを悲しんだ人が春が来るたびに鶯の鳴き声を流す機械を造ってばれないようにしているの」山奥や藪や林の中にひっそりとたたずむ機械が可愛らしい鶯の声で鳴くのを想像する。

 「何でそんなに面倒なことをするの」

 「きっと、寒くて辛い冬を越えてようやく訪れた春が味気なくなってしまうからだよ」

 まるでその通りとでも言うようにホーホケキョと合いの手がはいる。あまりにいいタイミングだったので二人して吹き出してしまった。

 ひとしきり笑い終わったあと再びデッサンに戻る。手は石膏像を木炭紙に写し取るために忙しなく動いているが、意識は鶯の機械に向いていた。四季の変化を彩るために作られたその機械は、春が訪れるたびに人々のために鳴く。他の季節は誰にも見つかることのないようにその身を潜めじっと黙っている。いつか戦争などで人間がいなくなった後も、春が来るたびに鶯の声が響いていると思うと切なさがこみ上げる。


 しばらく架空の機械に思いを馳せていたが、ねえ、と話しかけられ我に返る。

 「どうしたの、里美」

 書いている最中に里美の方から話しかけてくるなんて珍しい。目線は石膏像を捕らえたまま話の続きを待つがなかなか話し出さない。少し長い沈黙に不安を覚え振り向くとそこには石膏像たちが静かに佇むばかり。

 「里美?」

 少し大きめの声で呼びかけると「ここにいるよ」と虚空から返ってきたので安心する。人騒がせだと怒ると笑いながら謝ってきた。なんせ里美の姿は見ることも触れることも出来ないから、声で確認するしかないのだ。

 「さっきの話を聞いてね、考えていたの」

 もし、鶯の鳴き声が聞こえなくなったら、鶯の存在もなくなってしまうんじゃないかって。里美はかすれる声で弱々しく呟いた。

 「そんなこと、ないよ」私は嘘をついた。鳴き声だけで存在を知ることができる鶯は、里美とよく似ている。鳴き声が聞こえないだけで消えてなくなるわけではない。ただその時、姿なき声の主を私は見つけることができるだろうか。

なんとなく気まずい空気を打ち消すかのようにチャイムが鳴り響く。次の授業に行かなきゃ、焦った振りをして使った道具を片付ける。

 「今日はあんまり書けなかったから、明日は頑張ろうね」

 普段どおりに振る舞う里美に分かったと笑顔で答える。

 「それじゃ、また明日」

 ドア付近から里美に手を振る。声をかけた先には書きかけのデッサンがあるだけであった。


〈了〉


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