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彼と彼女の場合

彼と彼女のあの昼下がりのその後です。

「お茶でも行きませんか?」

これが彼と交わした最初の言葉。あれから何となくあの少女を見送って、同時にベンチを立った。そして、公園から出るか出ないかのタイミングであったような気がする。これだけ聞けば下手なナンパのようだが、不思議と自由な風貌の彼にはとても自然で、私も当然のように肯定した。

行き先は近所の喫茶店。寂れた商店街の中にあるそれは外からは中の見えない少し暗い雰囲気のある店だった。昼下がりの主婦たちはふた筋向こうのカフェに入っていった。彼はためらうことなく、「喫茶 ラン」とすすけた文字で書いてあるその扉を開けた。

「ここのコーヒー、意外とおいしいんだよ」

「意外とは余計だ、シンちゃん」

奥のほうから太い声が聞こえてきた。

はいはい、とシンちゃんと呼ばれた彼は気のない返事をする。

「あれ、シンちゃんが彼女を連れてきた」

奥から出てきた声のとおりのおじさんは目を丸くする。

「彼女じゃないって。さっき、そこの公園であった……えっとお名前は?」

「堀田小夜子です」

私はぺこりとお辞儀をしてみた。

「小夜子ちゃんか。じゃあ、さよちゃんだな。いらっしゃい」

何が「じゃあ」なのかは分からないが、不思議とこの馴れ馴れしさが心地よかった。おじさんは野太い声とがっしりした体系に似合わず、やさしい目をしていた。

「相変わらず、がらがらだな」

「余計なお世話だ」

「まあ、そこに座りなよ、さよちゃん」

おじさんを無視して、彼は近くのいすを引き、私にも勧める。

「おれ、コーヒー一つ」

「じゃあ、私もそれで」

暫く沈黙が流れる。

「そういえば俺、名乗ってなかったよな」

沈黙を破ったのは彼だった。

「菊池伸幸、23歳。職業はフリーター」

「伸幸さんなんですか?さっきシンちゃんって呼ばれてたから、シンヤとかシンイチとかそういうのだと思ってました」

「ああ、音読みしたらシンコウだからね。昔からシンコウって呼ばれてた」


「はい、コーヒー二つ」

やわらかい湯気の立ち上るまぶしい白いカップ。年季が入っていそうなのに、清潔感の漂う白に私はふとこんな風に年をとりたいものだと思った。テーブルの上におかれたそれを上から覗き込めば、ふわふわと私を包む湯気。その向こうに白とこげ茶色。そして何よりも芳しい香り。コーヒーなんて飲めなかったころからこの香りが好きだった。こんなによい香りなのだからさぞおいしいのだろうと思って飲んだコーヒーの苦さにひどく失望したのを覚えている。実はいまだに苦いものは少し苦手で、家ではミルクとお砂糖を一匙入れる。でも、外ではなんだか子供っぽいような気がしてブラックで頂くことにしている。

「砂糖はそこの白いポット、ミルクはこっち」

銀色のトレイに二つのカップとともに乗せられていたきなり色のポットがことんとテーブルに置かれる。つるんと丸いそのポットもなんともいえない気品を放っていた。思わず、手を伸ばしそうになったが、いつもの習慣でブラックでいただくことにする。

「堀田さんって、ブラック派なんだね」

「ええ、まあ」

伸幸さんは意外そうに私の手の中のコーヒーカップを見つめている。私は悪いことはしていないはずなのに、彼をだましているような妙な罪悪感に駆られた。一口すすって、驚いた。苦い、苦いんだけれどおいしい。これまで、苦味に耐える様子が顔に出ないように練習した。しかし、このコーヒーに関してはそんなもの必要なかった。

「ここのコーヒーはブラックで飲むのが正解だよ」

そう言いながら、伸幸さんはミルクのポットに手を伸ばした。

「でも、ミルクをほんの少し入れるのが俺はもっと好き」

やってみな?と私にもポットをまわしてくれる。

こげ茶色にとろりと白が広がっていく。ゆっくりとまるく。それはやがてカップの端にたどり着いて深く沈んでいく。ソーサーに乗っていた小さなティースプーンでかき回すと、完全に溶け合ってやさしい色に生まれかわる。少し冷めたそれを口に運ぶと少し和らいだその苦味が私の内側に広がった。

「私もこちらのほうが好きです」

彼はまるでミルクを入れたコーヒーのようにふんわりと笑った。


いかがでしたでしょうか?

この後の物語はまた、別の機会にでも投稿しようと考えておりますので、またお時間いただけましたら幸いです。


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