彼の場合
気がつくと隣のベンチに沈んだ表情の彼女が座っていた。少女というには大人で、女性というよりは不安定そうな彼女。黒髪でショートカットの黒髪は憂鬱な色に揺れていた。しかし、同時に普段の彼女は活発な女子学生であろうことがうかがえた。きっと彼女には茶髪でこんな時間から公園のベンチでタバコをふかす俺は不良に見えているに違いない。昔は一匹狼の不良にあこがれたこともあった。今思い返すと鳥肌が立ちそうだ。それでも当時は友達がいた。仲間というと少し大袈裟でこっぱずかしいが、たぶんそんなものだ。行けば必ず親しい友人がいる。そんな場所は案外少ないものだ。しかもそれらの多くは時間制限つきで簡単に終わってしまう。
中学・高校・大学とその貴重な時間に馬鹿をした。生徒指導の教師にはずいぶんとお世話になったが、警察のお世話になったことはない。そして、順当に卒業した。しかし、その後はまったく順当ではなかった。何とかという海外の企業が倒産し、遠く日本の俺にまで影響した。そして、俺はバカなりに走り回って確保していたはずの働き口を失った。国際社会を揺るがす大事件はこんなに小さな島国のこんなに小さな俺までもを忘れずに巻き込んでいった。社会の行く末は分からないが、とりあえず、当面の生活を何とかせねばならない。アルバイトで何とか食いつないだ。そのままだらだらと現在に至る。時々、このままの生活も悪くないと思う。特にこんなのんびりした昼下がりにタバコをくゆらせながら空を眺めているとき。社会のサラリーマンならばのどから手が出るほどほしい時間だろう。それでも、40歳のアルバイト店員を想像するとどうにかしなければならない焦燥感に駆られる。
そういえば、小さいときも常に何かに追われていたような気がする。しかし、あのときの焦燥感はなんともあいまいで漠然としていて。しかし決して不快ではなかった。そして、その何かから逃げるように友達と走り回って疲れて寝た。その繰り返し。今の焦燥感は就職であり、将来であり、生活だ。どれもねっとりとまとわりついてきて、逃げても逃げても逃がしてはくれない。寝床にまでついてくる。
目の端を何か黄色い丸いものが転がっていった。見てみるとそれは隣の彼女の足元にたどり着いた。追いかけてきた少女と彼女が二言三言交わしている。少女のおびえたような顔。彼女が何かを後ろの茂みに投げ込む。少女の顔に笑顔が戻る。
「ピーマンたべたら、おねえちゃんみたいにつよくなれる?」
羨望のまなざしとともに少女が尋ねる。どういう脈絡かは分からないが無邪気な少女の言葉に彼女の顔には笑みが浮かぶ。あの憂鬱な色はなくなっていた。俺も笑いを抑え切れなかった。
もう少し頑張ってみるかな。実は俺にも夢がある。とうの昔にあきらめた夢だ。でも、悪くないかもしれない。逃げるのではなく、次は俺が追いかけてやろう。
お読みいただきありがとうございます。
現在、二人のその後を考えておりますが、未だ妄想の域を出ていないので、ひとまず完結とさせていただきます。
ありがとうございました。