シンマァの1日
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イデアール王国の森外れには、煙突から絶え間なく白い煙を上げている工房があった。
そこは、王国お抱えの錬金術師ゾンネの工房である。ゾンネといえば王国外にも妖艶な美女として知られる存在だが、今、工房内にいるのは茶髪を一つにまとめた一人の少女――ゾンネの弟子のシンマァだった。
彼女は大きな釜に不思議な材料を放り込むと、陽気な歌を口ずさみながら、手にした杖でぐるぐると中身をかき混ぜていた。
そのとき、工房にノックの音が響く。
シンマァは歌をぴたりとやめ、火を弱めてからドアへと声をかけた。
「どうぞ、開いてます」
ガチャリと重厚な音を立ててドアが開く。入ってきたのは、この国の宰相アイスベルクだった。
彼は常に不機嫌そうな無表情と、生まれつきの鋭い目つきのせいで、周囲からひどく恐れられている。子供と目が合えば泣き出され、老人と目が合えば腰を抜かされる……そんな噂が絶えない人物だ。貴族たちの間では「王の幼なじみというだけで宰相の座にいる」という陰口さえ囁かれている。
シンマァは来訪者がアイスベルクだと分かると、一瞬で表情を輝かせ、火を止めると小動物のようにパタパタと駆け寄った。
「アイスベルクさん、お久しぶりです。えっと……頼み事とは、どのような用件で?」
アイスベルクは不機嫌そうな面持ちをわずかに緩めると、シンマァの頭にポンポンと大きな手を乗せた。
「ああ。近々、ヨーリア地帯へ出向くことになってな。あの地帯は魔物が多く、夜ともなれば足元さえ見えぬほど暗くなる。夜目が利かぬ者には酷な環境だ。……足元や周囲を照らせる、アクセサリーのようなものを作れないだろうか」
「ヨーリア地帯にですか……んー、少しお時間いただけますか? あ、椅子に座っていてくださいな」
シンマァは本棚へ向かい、ヨーリア地帯の資料や天候データを手早く取り出した。手際よく注意点や必要な材料を紙に書き出し、間違いがないか二度三度と確認してから、アイスベルクの方を向く。
「……作れるには作れるんですが、五日ほどかかります。よろしいでしょうか?」
恐る恐るといった様子で問うシンマァの姿は、まるで獰猛な猛獣を前にした小動物のようだった。
「五日か。それくらいなら問題ない。あと二週間後に発つから、それまでに渡して貰えると助かる」
それを聞くと、シンマァの顔がパッと華やいだ。
「かしこまりました。では、依頼をお引き受けしますね!」
アイスベルクは安堵したのか、椅子から立ち上がると再びシンマァの頭をポンポンと撫でた。
「助かる。そういえば、以前作ってもらった依頼品は品質が良いとすこぶる評判が良かった。今回のものも期待しているよ」
主人に撫でられて喜ぶ猫のように、シンマァは今にも喉を鳴らしそうなほど嬉しそうに微笑んだ。
「えへへ、アイスベルクさんに褒められるとすごくうれしいです。次も頑張りますね!」
その後、二人は短く世間話を交わし、次は一緒にお茶をしようと約束をして、アイスベルクは慌ただしく王城の執務室へと戻っていった。
工房に一人戻ったシンマァは、再び釜の火を強め、杖でかき混ぜながら、アイスベルクと出会ったばかりの頃を思い返していた。
(あのときの私……アイスベルクさんを外見のまんまの人……怖い人だと思い込んでいたんだよね……)
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