王宮にて
「なー。」
「うん?」
馬車に揺られて早30分。
そろそろ見慣れたゆったりした景色からポツポツと民家が立ち並ぶ様になり、目新しい物が増えて行った道すがら、最後の抵抗とばかりにノギクは向かいに座ってすましているライオスに呟いた。
「これ…どうにかならん?
スカートとかのひらひらって体に悪くて…エルちゃんの手前、勝手な事言われへんかったけど、正直ドレスとかはちょっと…」
スカート部分の裾をちょいちょい摘まみながら零すと「中見えるぞ」と上から手を叩かれる。
ムッとして睨むと、苦笑と共にライオスは笑った。
「エルネラが今回の登城に同行するんだから我慢しろ。
むしろお前に似合うモノをと次々に仕入れて来るんだから、着てやらんと損だろ。」
「損もクソも無いやろ!
毎日世話焼いて貰うのは嬉しいけど申し訳無いし、けどエルちゃんすぐ泣いてまうから無下にも出来んし…けど、なんもひらひらなドレスとかスカートとかじゃなくてさあ、ライオスが履いてるズボンとか!!
うちもズボンがいーとか言うたらまたエルちゃんが泣くし…」
ぐだぐだとひとしきり呟いて「なんか…せめて、短パンとか…」と締め括った。
「女性が無闇に素肌を晒すな。
特にお前の様にお転婆な姫様は特にな。」
ニヤリと笑うライオスに「アホか!」と怒鳴る。
「日本じゃ短パンは夏の必需品で、キャミソールと短パンは最強セットやねんで!!
そりゃ美人さんとかはドレスとかレースとか似合うからいいけど、そもそも万年ジャージとかで過ごしてたうちがや、ワンピースとかドレスとか着るとか、精神的に苦痛やの!」
「全くいつまで吠えてるんだ。
気負いせず似合っているんだからそうキャンキャン吠えるんじゃ無い。
お前の黒髪は希少だし、艶やかで綺麗だ。
それに幼い容姿と合間って可愛らしい印象を受ける。
大人しくしていればこんなに愛らしく可愛らしいのだから、兄上達に会うまではその容姿とドレスを存分に良い様に見せればいいだろう?」
最後に「お前、こう言うの好きじゃないか」と口角を上げた。
「…なんか、褒めてるのか貶してるのか分からん。」
「褒めるべき所は褒めている。
お前は可愛い、それは事実だろう?
素直に受け止めろよ。」
ぽんぽんと軽く頭を撫でられ、今まで不貞腐れてトゲトゲしていた部分が萎んでいく。
ふう、と息をついてから「お兄ちゃんに会うのって、お城着いてすぐ?」と聞き返す。
「いや、少しだけ歩く。
遠くは無いが、面倒か?」
それは言外に「抱いて行こうか?」との意味だろうと受け取って「いい、自分で歩ける」と首を振った。
「あのな、正直な、面倒臭いのはほんまやけど、…別に、ライオスのお兄ちゃん達に会うのが嫌な訳じゃ無いからな。」
ぷくっと頬をふくらませると、ノギクは窓の方へ視線を向けた。
外の景色が見たかった訳では無い事ぐらい分かっていたが、それもノギクの照れ隠しだと飲み込んで「ありがとう」と呟いて返した。
ふんっとわざとらしく拗ねたノギクの頭を撫でると、しつこかったのか拳骨が飛んで来た。
聖都はティセスから馬車に乗って約2時間と言う近い場所にあった。
ティセスは聖都から近いが緑の多い場所で、主に貴族層の避暑地として有名だ。
聖都は正式名称をフィズルーンと言い、聖の字の通り神殿を幾つも抱える大陸有数の魔法都市で、今は使用を制限されている離宮を中心に駒の目上に道路が整備されているのも、国全体を包囲する魔法陣を敷いている為だと言う。
現国王陛下であるヒューディル・ヴィトス・フィズルーンは、初代国王から数えて66番目の代を次いでいた。
大陸に様々な国あれど、フィズルーン程の歴史を持つ国は無く。
受け継がれて来た伝統を守る国立学校や、図書館、聖を司る教会や魔道を統べる賢者の集う協会までもがフィズルーンを拠点にしている。
その各館がそれぞれ五角に位置し、残る一角には冒険者の猛者が集う冒険者ギルドがあった。
六芒星の古き魔道の上に、現在のフィズルーンはあった。
「…なあ、ライオス。」
「どうした?」
「場違い感がすごくなって来たんやけど、ちょっと逃げていいかな?」
「止めろ。憲兵から逃げられるとでも思ってるのか?」
「なんて言うか、今ならうち空飛べそう。」
「落ち着け、戻って来い。
もう来るだろうから、そこで大人しく座ってろ。」
またもぽんと軽く頭に手をやったライオスに「はいはい」と軽く返した。
しばらくの後、コンコンと軽く二回鳴ったノックと共に、煌びやかな面々が笑顔でにこやかに入って来た。
先頭の男性を見て、次いで現れた控えめながらも後光の指している女神の様な女性を見て、続々と席につく人々を不躾だとは思ったが見た。
…わあ。世界が違うよコレと思ったら、ライオスと似た顔が微笑んだ。
「や!君がノギクかい?」
「思ったよりフレンドリーなんや…」
思わず呟いた言葉に、周りの面々が小さく吹き出した。
「兄さん、俺も驚いた。」
「いやあ、今日は素で良いってお前も言ってただろう?
だから話しやすく俺が先陣を切ったと言うのに…。」
「それにしてもノギクの言う通りでしょう?
わたくしもまさか貴方がそんなに砕けるとは思っていませんでしたわ。」
先程現れた女神のうちの片方が、やっぱり綺麗に微笑んで私の方を見た。
「初めまして、ノギク。
わたくしはアーリア・エル・フィズルーン。
カズィルドの妻で、ライオスの姉ですわ。」
「私は同じくラオイスの姉で、リーディアと言うの!まあ元々はアーリアのお姉ちゃんなんだけどね!」
朗らかに笑う二人の女神と、精悍な顔立ちのライオスの兄を見て、私の方も自己紹介をした。
「わた…うちは、山元野菊と言います。
今はライオスの家でお世話になってます。
…ほんまなら敬語とか使わんとあかんって思うんやけど、今日は素で喋っていいって言われたから、ほんまにそのまんまのうちで話させてもらいます。」
ちょこんとお辞儀をしたら、ラオイスのお兄ちゃんが「よろしくな、ちっこいの!」と失礼極まり無い返しをして来たので「よろしくライオンキング!」と笑顔で仕返した。
「らいおんきんぐ?なんですのそれ?」
「あのな、ライオンの中の王様で、ライオスのお兄ちゃんみたいにツンツンの金髪の鬣持ってる人の事言うんやで!!」
「まあ…あなた、いつの間にお父様を押し退けて国王になったんですの?」
「え、ライオスのお兄ちゃん国王様やないん?」
ぐちゃぐちゃになって来た言葉を拾って、ライオスとリーディアは互いに顔を見合わせて苦笑した。
「兄さんは婿養子なんだ。
元々はアーリア姉上が女王になるように仕組まれていたんだが、兄さんと結婚して、それで兄さんが今は王子をやってる。」
「私とアーリアが直属の王族で、ライオスとカズィルド兄様は婿入りと弟になったのね。
まあ、私としては細かい事抜きで、弟と兄上が出来たんですっごく嬉しかったんだけど!」
にっこりと笑うリーディアさんを見て、ここの家族はとっても仲が良いんだなと思い、私も笑った。
「今日ライオス達のお父さんは居ないの?」
「父上殿ならば、近くの国に内情を偵察に行ってるぞ。
それほど遠くは無いが、会いに行くか?」
冗談めかしてそう言うカズィルドに、ライオスが「今日はいい」と待ったをかけた。
「今日はあんたらがしつこいからノギクを連れて来たんだぞ。
父上達に会うのは帰って来て、少し時間を空けてからでいいだろう。」
「きっとお母様、拗ねますよ?
こんなに可愛い方がライオスの側に居るんですもの。」
「そうそう。詳細は聞いていたけど、本人に会うのとそうじゃないのとじゃ話しが全然違うからね。」
「…リーディア姉上、一体どっちの味方なんですか。」
小さくため息をついた末弟に、ノギク達は笑った。