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牛舎にて

野菊。

そう呼ばれて違和感が無くなって来たのはいつからだろう。

野に咲く菊の花と言うちょこっとメルヘンな、それでいて死んだ人に添える花の名前を呼ばれ始めてもう半年経つ。

私の居た国…いやこの場合世界となるのか。

『日本』で暮らして16年、そしてこっちの世界『ラマーズ』で暮らし始めて半年と少し。

すっかり日本事情とは掛け離れたこの場所で私は、呑気に牛と雑談していた。


「なあなあ牛さん、牧草って美味しいん?

どう見ても乾燥した草やから、全然美味しいとは思われへんねんけど。

それともなんか乾燥させたら旨味が増すとかそんなん?なあ、聞いてる?」


牛が返事をするはずが無い。

しかし周りにいる管理員達はいつもの事とにこやかに見守っていた。

野菊こと山元野菊は、日本知識の無い、地球とは異なる世界、ラマーズへと飛ばされた。

理由としてははっきりしていないのだが、とにかく日本から弾かれたらしい。

事の起こりは半年と少し前。

野菊は家族旅行の帰りに空港で迷子になった。

迷子になるのはいつもの事なので、野菊自身はそこまで慌てもしなかった。

そもそも搭乗までの時間には余裕があったし、広いがインフォメーションもある建物内だ。

携帯もあるし、なんら心配する事もありはしない。

早速携帯を使い母に連絡を入れるが、出ない。

父、兄と次々に連絡を入れてみるが、やはり出ない。

不思議に思って携帯の液晶画面を見ると、何故か電波が立っていなかった。

おいおいここ空港だぞ、どう言う事だと首を捻り、面倒なのでインフォメーションで迷子の放送をお願いしようと踏み出して、周りの景色がおかしな事になっている事に気が付いた。

我ながら本当に鈍感と言うか鈍いと言うか、気が付かない事が多いなと腹立たしいのだが、気付いていないものは気付いていないのだから仕方無い。

野菊の周りには、人っ子一人として居なかった。

さっきまで居たスーツケースやボストンバッグを背負って居た人々全員がだ。

初めは何かのドッキリかとワクワクしながら館内を見回して居た野菊だったが、流石に10分もこの状況が続けば不安になった。

受付にも、搭乗口にも、飛行機の中にも、空港の入り口にも。

駅にも、電車にも、車にも、人は居ない。

全くのひとりぼっちになってしまった。

あれから何分、いや何時間経っただろうか。

野菊は意を決して歩みを進めた。

自身を信じる時はいつも不安な時だ。

今の野菊が信じられるのは、恐怖心でも、人の居ない空間でも無い。

自身の感覚のみだ。

昔から人に見えないモノを見てきた野菊は、この時素直に直感を信じた。

自分が今居るこの空間は、いつも自分の居た場所では無い。

人では無いモノ達が居る、不安定な空間でも無い。

だとしたら、ここは一体何処なのか。

結論が出る前に、野菊の意識はフェードアウトして行った。



何処か夢の中に居る様な、ふわふわとした夢心地の中目を開けると、そこにはくすみの無い綺麗な金の髪と銀の瞳を嵌めた男性がホッとした表情で胸を撫で下ろした瞬間だった。


「大丈夫か?何処か痛い所は…」


「んー、全然平気。

けどちょっと記憶が曖昧かな、ここ何処?って言うかあなた誰?」


あけすけに聞くと、優しげに顔を綻ばせ「ここはティセスと言う聖都の最寄り街で、俺はライオスと言うしがない薬士だ」と答えた。


金髪に銀の瞳。

その二つを見て「あー、ナルホド、夢か」と頷くと、野菊は夢の続きを楽しむべくこちらからも口を開いた。


「私は山元野菊って言います!

なんでこんな夢見てるんか分かりませんけど、取り敢えずお世話になりました!」


笑顔でそう言うと、ライオスは首を傾げた。


「さっきまで別の夢見ててんけど、さっきのよりこっちの方がずっといーわ!

お兄さん格好良いし、銀色の目ぇも金髪もサマになってるし…眼福眼福!」


「…ノギク、聞きなれないイントネーションだけど、もしかして東の方から来たのか?」


「ティセス…やっけ?

私のおった場所は関空やから、…えーと、何処やろ。

地理はととさんが得意やったから試験前くらいしか頭に入って無かったな…えーと、うーん、よー分からんわ。」


「ごめんな、ライオスさん」と頭を下げると、さらに混乱した様に「えっと」と軽く頭をかいた。


それが彼の困った時の癖だと気が付いたのは、それから一緒に過ごす様になってから気が付いた。

その後、恐らく記憶喪失だろうと決め付けたライオスの家に居候し、夢だと思っていたあの驚くべき生活が始まる訳なのだが…良い、はしょる。



「なーってばー、うーしーさーん!

草って美味い?ほうれん草とか、小松菜みたいな味?

こっちのレタスとかより水気無い?」


「…ノギク、牛が困ってるだろ。」


「だって、美味しそうに食べてるんやもん。

私も一口もろていいかな?」


すかさず「ダメだ」と苦笑し、ライオスはノギクを抱き上げた。


「また抱っこやん。

私一応16やで、オトナまでもうちょっとやねんで、子供扱い止めてよ。」


「俺の胸にも届かない身長で何を言うか。

それに女の子なんだから、ワンピースで地べたに座るのはよせ。

あと俺の目の届かない場所に一人で行くな。」


「分かってるってばー、ほんま口数多いなライオスは!

そもそも私の行けるところって、この牛舎か近所の噴水公園か自警団の詰所くらいやん!

もっと行けるとこ増やしてー!

ヒマでヒマで死んでまうー!」


「全く…ワガママだなうちの姫様は…」


チッと舌打ちすると、野菊を片手で抱えてポケットから封筒を出した。


「今度、正式に聖都に招待を受けた。

兄上と姉上からノギクを紹介しろとの命令だ。」


「え、面倒臭そう。」


「国王陛下たる兄上と王妃殿下、並びに俺の兄姉からの正式な通達だ、無下には出来ん。

明日には登城するから、今日は早めに帰るぞ。」


その口振りから、恐らくライオスも面倒臭いと思っているんだなと割り切って「仕方無いから良い子にしとくわ」と呟いた。

しかし、その言葉にライオスからの否が唱えられた。


「いや、いい。いつものお前の話し方で、無理に作らなくてもいい。

お前の国の話しもしてあるから、肩肘張らず、いつものお前のままで居ろ。」


ライオスの言葉に首を傾げたが、面倒な事が一つ減ったので良い事としよう。

私は元々難しい事は苦手だ。

去り際、牛と管理員達に手を振りながら、明日はどうやって切り抜けようかと悩むノギクだった。


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