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014

 部室のロッカーへ将棋の駒をしまい、指差し確認をする。三〇〇万円の駒が薄暗いスペースで光っていた。用心深く施錠し、カギをポケットに入れる。

 後ろで、終わったかね、と柴村校長が訊いてきた。それに応じ、忘れ物がないかの最終確認をする。カバンもアケコン入りのショルダーバッグも持った、問題なしだ。

 柴村校長とともに窓明かり頼りの廊下へ出る。

 久々の部活で少し疲れた、腕を上にして大きく伸びをした。

「神谷の娘とデートするそうだね」

 突拍子もなく言われる。驚きの弾みで伸びをしすぎ、背骨がグキリと鳴った。

「なんで知ってるんですかっ!」

「うむ、まぁいずれ分かるだろう。青春だな」

 盛大に笑い声を上げた彼が愉快そうに去っていく。

 いったいどういうことなんだ。瑠羽をデートに誘ったとき数人には聞かれたけど、たった何日かで教師にまで広まるとは考えにくい。首を捻りながら階段を下りていく。

 駐輪場へ着くとボールを打つ音がした。空いたスペースを左右に使うのは勝也だ。柱と柱の間にはネットが張られてて、その内側で部活動をしてる。バイク騒動の教訓からこぼれ球対策をしたんだ。こうして見ると、なぜ初めからしてなかったのかというほどの妙案である。

 邪魔するつもりはなかったのに僕は視野に入ってしまったらしい、壁から跳ね返ってきたボールを地面へ垂直に打ちつけて動作をやめる。ハァハァと呼吸して顔面を汗ダクにしていた。

 彼がウィッスと言って笑む。

「楽しみだな、次の休みの日」

 なんと勝也までデートのことを知ってるとは! だんだん恐くなってくる。これじゃ、うかつになんもできない。もちろん、やましいことをしようとは思ってないけど。

 恥ずかしさで顔が熱くなる。

「いや別に楽しみっていうか、二人で出かけるだけのことだよ、うん」

「二人? なに言ってんだ?」

 スポーツタオルで汗を拭く彼は団子っ鼻をヒクヒクさせた。

「なにって、デートのことじゃ……?」

「この前メールしただろ、次の休みにみんなと学校でバーベキューするってよ」

 僕は絶句する。そうだった、勝也から珍しくメールが来てたんだ。メールは開いたものの、たまたま親に手伝いを命じられてすっかり忘れてた。バーベキューについての連絡だったとは知る由もない。

 反応を不審に思ったんだろう、彼が怪訝そうにする。

「おいおい、来れるんだよな? 俺、みんなに勇輝が来るって言っちゃってるんだぜ?」

「ああ、うん、行くよ、大丈夫」

 瑠羽とのデートの件より先に彼は誘ってくれてる、いまさら辞退はできなかった。勝也の厚意を粗末になんかできない。これを逃したら、彼からも見捨てられるだろう。

 しかしデートだって放棄できなかった。

「もしかしたら、ちょっと用事があるかも」

「それはしょうがねぇけど、絶対に顔出せよな」

 それに対して弱々しく返事をする。

 どどどどどうしようっ!?

 約束がかぶるってことが、いまだかつてなくて困惑する。勝也の方が先なんだから優先すべきはバーベキューであって、瑠羽には延期を告げるしかない。そうしたら彼女はどう思うだろう、ガッカリしないだろうか。だってあんなに喜んでくれてたんだ、きっとショックを受ける。悲しげな表情はなるべく見たくなかった。

 しょうがない、か。

 ショルダーバッグを背負い直し、ついでに自分の用件も告げる。

「なぁ勝也、アケコン修理のことなんだけど」

「おい、やめろよ。この前も言ったとおり、それはなしにしようぜ」

 やっぱりダメか。瑠羽とコンビ復活してFAPを直してもらいたかったのに、もはや手をつけてくれそにない。僕のためを思っての判断なんだろう。

 険悪にならないうちに勝也と別れ、そそくさと原付を引いた。

 ダブルブッキングするとはなぁ。呟き、溜め息をつく。

 今回は僕が悪いんだ、心を鬼にして瑠羽とのデートを一度キャンセルしよう。その結果、殴られようと罵声を浴びせられようと甘んじて受け入れる。そういう方針で心を決めた。

「デートするのだーっ!」

 どこからともなく女のコの叫びがする。どうも聞き覚えのある声だ。嫌な予感がして校庭方面へ出ると、夕日の中でまだ部活をする野球部やサッカー部に乱入するセーラー服姿があった。砂煙を巻き上げる速度で走ってる。校庭を半周し、こっちへ向かってきた。

 彼女が走り来る軌道上で待ち構える。

「デートするのだーっ!」

「やめなさい」

 ベリーショートの前髪が浮いたことによりガラ空きになったオデコをペチンと叩いた。軽くやったつもりが走るスピードと相まって結構な威力となった。急ブレーキがかかる。

 これで柴村校長がデートを知ってた理由が判明した。

 瑠羽は額を撫でてうつむく。

「痛いのだ」

「瑠羽が悪いんだよ、大声で騒いだりするから」

「ダメなのだ?」

「ダーメ。こういうのは密かにするものなの」

 経験のない僕には実際のところどういうものなのかはあいまいだった。それに今回は断らなくちゃならないんだ、大勢に知られない方がいい。

 僕は決意した。

「あのさ、そのデートのことなんだけど──」

「楽しみなのだ。私、生まれて初めてのデートを勇輝とできて嬉しいのだ」

「──あ、う」

 ニッコリと満面の笑顔をする彼女に言葉を失う。こんな純真無垢に喜ぶコに行けないなんて言えようか。いいや言えない、断じて不可!

 瑠羽は楽しげにピョンピョン跳ねてる。オレンジ色の夕日に照らされて僕は茫然とたたずむ。助けてください、格ゲーの神様。

 却下、と言う声が即答で聞こえたようだった。




「来るよ、来るよ」

「来るのだ? なにが来るのだ?」

 きつい傾斜をゆっくりとのぼっていく。足元でするカタンカタンって音と震動がカウントダウンに思えた。視界いっぱいに青空が広がる。車体が少しずつ起き上がった。頂上に達すると遊園地内を一望できる。地上を歩く人々は豆粒になり、空を悠然と飛ぶ鳥にでもなったようだ。ちょっと遠くには例のコズミックタワーがあった。非日常的な絶景に感動の声が漏れる。

 そんな夢見心地はすぐに壊された。起きた車体は、今度は頭を下へ傾け始める。そこにあるのは、ほとんど真下に続くレールだ。僕は心の準備をする。

 胃袋が浮いた。車体は一気に加速し、あらん限りの声で叫びながら重力に引っ張られる。耳に擦れる風や周りの悲鳴で声が掻き消された。スピードに抗う術はない、されるがままに翻弄される。体が激しく揺さぶられた、安全バーがなかったら振り落とされるだろう。

 終点に着くと隣の瑠羽は子供みたいにケラケラ笑っていた。僕はグッタリである。

「次はなに乗るのだ?」

 腕時計をチェックすれば、そろそろ昼だ。朝早くに入園したのに時間が経つのが早い。

「昼ご飯にしよっか、適当になんか食べよう」

「賛成なのだ!」

 並んで歩く。園内は家族連れも多いが、カップルも多かった。たぶんデートだ。僕と瑠羽も他の人からしたらそう見えるんだろうか。デートじゃなかったとしても瑠羽とこうして遊ぶのは楽しくて、心から来て良かったと思える。

 考えた末に、僕は勝也に待っててもらうことにしたんだ。幸いバーベキューは夜近くまで行われるようだった。昼過ぎまで遊んでから行けば、まだ間に合う。

 休日だからどこも飲食店は混んでいた。しばらく並んでヤキソバやホットドッグ、ジュースなんかを買う。大したものじゃなくても瑠羽と食べるのは美味しい。

 一休みしたあと、僕らはいくつかの乗り物に乗った。来たときは広いって思ったけど、片っ端から遊んでいくとそんなに数はない。楽しめそうな目ぼしい乗り物は日の高いうちに制覇してしまった。マップを開いて見落としがないかを確認する。

「あとはゲームコーナーぐらいかな」

「格ゲーあるのだ?」

「そういうのじゃなくて、輪投げとか射的とかだよ」

「やったことないのだ」

 決まりだ。僕がベンチを立つと彼女が手を引っ張った。

 ゲーム場へ行こうと歩を向けた瞬間、背後で大勢の悲鳴がする。続いて破砕音。屋外のゲーム場で筋肉質な男がハンマーでデスクを叩いている。ゲーム用のハンマーだ。景品を獲れずに腹を立ててるにしては様子が変である。

 彼の顔面には無数の血管が浮き、威嚇するオオカミのごとく歯を剥き出しにしている。首を巡らせ、こっちを睥睨した。ハンマーを引きずり、歩んでくる。素人の僕にでさえ殺気が読み取れた。なにが起きたのかはともかくとして、向こうはやるつもりだ。

「瑠羽、FAP使う?」

「一人で平気なのだ」

 迫り来る男へ瑠羽は自ら接近する。姿勢を低く疾駆し、ハンマーを持ち上げる相手のふところへ入りこんだ。俊敏さに敵はついてこられない。真下から繰り出されるアッパーがアゴを打つ。ハンマーが地面へ落ち、男の体がよろめいた。身をひるがえした瑠羽が後ろ回し蹴りを放つ。これもアゴにヒットし、ダメ押しとなった。

 相変わらずの強さだ。一般人が相手ならFAPを使う意味はなかった。

 なにやら周りが騒がしい。あちこちから絶叫が聞こえる。アトラクションを楽しむそれじゃなかった。離れたところで殴り合いをしてるようだし、他のところでも暴動みたいなのが起きてる。なんだっていうんだ。

 瑠羽が一方を指差す。

「見るのだ、勇輝」

「コズミックタワーが光ってる? 完成披露はあと一週間近く先なのに、どうして」

 建物の間から見える塔が青白く輝いていた。傾き始めた日の反射による発光とは考えにくい。

 もしテロが予定を早めて行われたんだとしたら、いまの現象に説明がつく。理屈は不明でもあのタワーが関係してる確率は高かった。テロだとすれば、あそこには卯葵子さんがいるかもしれない。違うなら違うでいい、行ってみる価値はある。

 僕は瑠羽と目を合わせ、肯いた。

・一人でも多くの方に楽しんでもらえればと思います。

・感想や意見、その他もろもろに対する反論や否定などを当方は一切しません。作品を読んで思いついたメッセージを自由に残してください。もちろん、一言でもかまいません。

・完成作品を修正しつつアップしています。更新は数日に1回を目安に考えていますが、遅れることもあるかもしれません。

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