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013 Round 4

     Round 4


 保健の先生を手伝って武上瑠羽(たけがみるう)をベッドへ運んだ。外傷は酷かったが出血はほとんど止まってたし、骨にも異常がなさそうだ。

 布団をかけてあげようとしたらフローリングの床になにかが落下した。

 ケータイだ。プラプラ揺れるのはハムスターのヌイグルミ。それはいつかクレーンゲームで獲ってあげたストラップである。瑠羽本人はボロボロになってるのに、ハムスターは新品同様だった。コンビを解消したのに大事にしてくれてたんだ。胸の奥が熱くなってくる。

「ゆう……き……」

 かすれた声の彼女が目を開けた。いつも力強かった黒い瞳は、いまや風前の灯だ。

 おでこの汗をタオルで拭ってあげる。

「しゃべんなくていいよ、ゆっくり寝てな」

「アイツに……勝てなか……ったのだ……」

 切れ切れに瑠羽は語った。話しぶりからして神谷卯葵子(かみやうきこ)さんに挑んだんだ。寝てていいって言ってるのに話は続けられた。まるで話さないと死んでしまうかのように言葉が紡がれる。

 要は、月山涼太(つきやまりょうた)君のプレイで卯葵子さんと戦って負けたのである。涼太君は瑠羽を捨てて早々に逃げたらしかった。以前、黒ずくめの男を操作して襲ってきたときと手口が同様である。

 いずれこうなるってのは分かってた。僕は知っていながら突き離しっぱなしでいたんだ。もっと早くに手を貸してれば彼女が酷い目に遭うこともなかった。悔やんでも悔やみきれない。

 傷だらけの瑠羽を見て、僕は心を決めていた。

 呼びかけると彼女は目のみをこっちに向ける。

「また僕がプレイヤー役になるよ。ダメかな?」

 唐突な申し出に、半信半疑の色を湛えた双眸が見つめてきた。

「……いいのだ?」

 彼女がこんなになるぐらいなら僕がプレイした方がケガを少なくできる。

「戦いを避けられないなら力を貸すよ」

勇輝(ゆうき)なら、そう言ってくるって、信じてたのだ」

 彼女の声にだんだん力が戻ってきた。青白かった頬にも朱が差してくる。

 その代わり、と僕は付け加えた。

「ケガが治るまで活動禁止! 分かった?」

 問いかけに瑠羽は力なく笑み、小さく肯く。それから腕を手繰り寄せ、手のひらに血で汚れた紙切れを渡してきた。

 なんだろう。ほとんどクシャクシャになったそれを丁寧に伸ばしていく。そこには走り書きしたメモがビッシリ埋まっていた。

「涼太の、仲間になったのは、神谷卯葵子の、情報のためだったのだ」

 意外な発言に僕は苦々しい気分になる。彼女は涼太君に乗り換えたんじゃなかったんだ。瑠羽は瑠羽なりに卯葵子さんへ近づこうとしてたのである。

 雑然としたメモから意味を読み取るのは難しかった。分かったのは、二週間後のコズミックタワー披露前夜に、そこで卯葵子さんがなにかをするということだ。涼太君が言ってた「全国規模のテロ」が本当だとすれば、もはや瑠羽の復讐だけの話じゃなくなってくる。

 だからって、いますぐにできることはないに等しい。警察に言ったってムダだ。卯葵子さんは世界的な著名人でもある、テロを起こすって言ったって誰も信じない。居所がめったに掴めない彼女の現れる場所と日にちを特定できただけでもマシだった。

「神谷卯葵子がどうしたって?」

 のそりと起きた大ヶ崎貞臣(だいがさきさだおみ)先輩が大あくびをする。

「知ってるんですか」

「知ってるもなにも修羅学(しゅらがく)の伝説だろが。修羅を求めて生徒と教師が争ったあの時代のな」

「噂には聞いてますけど、本当なんですね」

「いまはクソ学校だけどな。面白そうだから入ったってのにガッカリだぜ。卯葵子とやらのいた全盛時代が羨ましくてしょうがねぇ」

 両手を頭の後ろで組んだ彼が壁に寄りかかった。貞臣先輩であれば修羅学の環境でもやっていけただろう。貧弱な僕としては、いまの朱良(あかよし)学園が良かった。

 メモを隅々までチェックしてたら、端に卯葵子さん以外の人名が書いてある。横には小さく“茶道家”と添えられてた。そういえばあの人が電話で茶道がどうのこうのと話してた。

「茶道家の人はどういう関係があんの?」

 瑠羽に訊いてみるも首をかしげるのみだ。手当たり次第に書いてきただけで詳細は不明らしい。関連性はまったくないようでもない。こういった手がかりがあるならテロを未然に防げる可能性があった。




 他校による襲撃から数日が経っても節々が痛かった。脱いだらあちこちアザだらけだ、学校でイジメられてると親に勘ぐられかねなかった。実際は、貞臣先輩効果で嫌がらせが大幅に減ってる。代償として、当たり障りのない接し方をされるようになった。どう転んでも僕には人が寄りつかないらしい。そういう星のもとに生まれたとしか思えない。

 原付を引いて駐輪場に行くと真っ赤なバイクを停める貞臣先輩がいた。挨拶をすれば、おう、と彼が手を上げる。取り巻きの人たちは涼太君などにやられ、いまだ登校してないってのに彼は一見ピンピンしてた。とてつもない回復力だ、本当に人間なのか疑いたくなる。

 ともに昇降口へ向かう。僕はクラスメイトを見かけ、おはようを言った。すると案の定、表情を強張らせてギクシャクした挨拶を返し、逃げるように校舎内へ入っていく。

 舌打ちする貞臣先輩。

「相変わらずシケた連中ばっかりだぜ、お前も大変だな」

「半分は貞臣先輩のせいですよ」

「あぁ? なんか言ったか?」

「なんでもありません」

 下駄箱でちょうど瑠羽が上履きを履くところだった。こっちに気づき、パッと顔を明るくさせる。包帯の数は減り、彼女も彼女ですっかり不自由なく動けるようになっていた。

 貞臣先輩とは途中の階で別れ、並んで歩む。気のせいか、今日の彼女はどことなく暗くなってた。体が完全には復活してないせいだろうか。

「まだ苦しかったりする?」

 平気なのだ、と瑠羽は応え、階段の中央で止まった。僕もそれにならって上げかけた足を戻す。彼女がこっちへ顔を向けるも、伏し目がちになっていた。

「どうしたの? なんかあった?」

 なにかを恐れてるような、そんな表情をしてる。モジモジとしては僕をチラッと見て、またモジモジだ。なかなか言い出せないようだった。

「いま言わなくてもいいよ。言いたくなったら、また言って」

 行こうとし、手首を掴まれる。

 瑠羽の綺麗な黒眼が潤んでいた。

「勇輝は私で欲情するのだ?」

 僕は思わず吹き出す。

「いきなりなんだよっ」

 周りに生徒がいなかったからいいものの、いたら変なふうに怪しんだろう。

「他のコに言われたのだ、デートもしたことないでしょって。色気がないからよ、て」

「誰だよ、そんなこと言うのは。僕が注意してやる! あるいは格ゲーで──」

 言葉を遮って彼女は、いいのだ、と言う。

「学校に通い始めて知ったのだ。私はずいぶん、その、みんなと違うのだ」

 しょんぼりとしてうなだれた。

 そんなことないよって言いたかったが、完全な否定はできない。普通のコはこんなに強くはなかった。それが彼女の魅力でもある。そうは言ってもみんなにはバカにされそうだし、瑠羽も納得してくれないだろう。

 普通の女子どもを見返してやる方法がないものか。単純でインパクトの強いことがいい。

 こういうのは手をこまねいててもしょうがなかった。

「よし、僕と遊園地に行こう」

 考えてみたら彼女とまともに遊んでない、ちょろっとクレーンゲームをした程度だ。かねてより一度はガッツリ遊んでみたかった。ゲーセンじゃ華がないから遊園地が妥当だろう。彼女が普通の高校生活を送るのは瑠羽のおジイさんの願いでもある。

 落ち着かなさそうに瑠羽が両腕をパタパタさせた。

「それってデートなのだ?」

「うん、次の休みにデートしよう!」

 言ったあと、下の階から数人の生徒がのぼってくる。僕らを横目に見て上へ行った。問答無用で聞かれてたっぽい。思い返すとデートなんか経験したことがなかった。それなのに校内で堂々と女のコを誘うとは! 恥ずかしくなって顔が熱くなってくる。

 クルクル回って瑠羽が喜んでくれたのが心の救いだった。




 和を具現化した日本屋敷である。背の二倍以上はある門構えに身じろぎしてしまった。住宅街に鎮座したその建物は周囲の家にはないオーラを醸し出してる。そこだけが別世界だ。

 立派な表札には「(みなみ)流本家 南宗安(みなみそうあん)」と書いてある、瑠羽のメモにあった名だ。茶道の世界じゃ有名らしく、PCに詳しくない僕でもネット検索で発見できた。海外への茶道普及にだいぶ貢献してるという。

 門の横にもドアがあって、インターホンが設置されてる。通常はこっちから入るみたいだ。緊張しつつインターホンを鳴らした。

 すぐに若い男の声が聞こえてきて、焦りながら応答する。

「南宗安さんに会いたいんですが」

「アポはとっていますでしょうか」

 アポ? アポってなんだっけ? 事前に会う約束をするってことだったか。なににしてもそこまで頭が回らず、特に連絡はとりつけてない。一般の家を訪ねる感覚だったんだ。

 まごついてたら、お引き取りください、と言って彼が通話を切ろうとした。このまま帰ったんじゃ、なにをしに来たんだか分からない。些細なことでもいいから収穫が欲しい。

「神谷卯葵子さんに頼まれて来ました!」

 窮したとはいえ、とんでもない嘘をついてしまった。ダメでもともとだ、あとは野となれ山となれ。犯罪をおかすつもりはない、逮捕されることはないだろう。

 少々お待ちください、と向こうの方からかすかに話し声が聞こえてくる。それからしばししてドアが開いた。地味な色の和服を着た男が奥へ促す。

 僕は彼のあとをビクビクしながらついていった。たっぷり歩いて、やっと玄関らしき戸に辿り着く。中へ入るのかと思いきや、建物沿いに曲がった。石畳がタイル状に整列してる。そこには広々とした空間があった。一面に玉砂利が敷かれていて、こぢんまりとした池とシシオドシが設けられてる。傍にくねって生えているのは松の木だ。庭の広さに比べ、ほんの一部しか使用してないのはぜいたくなようでいて味のある雰囲気を作り出していた。

 建物の縁側に老人が座ってる。若い男が、あちらです、と言って一礼した。あれが宗安さんなんだ。単に腰かけてボーッとしてる姿すら独特のオーラがあった。白いヒゲが長くて仙人然としている、いまにも術を使って飛んだりしそうだ。。

「神谷殿の用事だって?」

 振り向きもしないままに訊かれてビックリした。うろたえながら僕は返事をする。

 シワがれた顔をゆっくり向けた宗安さんは目を細めた。

「お主、嘘をついているじゃろ」

「そんなことは、あの……」

 いい理由が浮かんでこなかった。ダメだ、あっさりバレてる。そりゃそうだ、仲が親密であれば本人が連絡の一本ぐらい入れる。こうなるなら、もっともらしい嘘をついておくんだった。

 あたふたしてると彼がフォッフォッフォッと丸っきり仙人みたいな笑いをする。

「よいよい。なにかワケがあって来たんじゃろ、あの神谷殿の名を出すほどなのじゃからな」

 宗安さんは卯葵子さんを知ってる。こっからが勝負だった。ここまでバレてたら、もうなにも隠す必要はない。

 縁側に座って背筋を伸ばした。

「実は、神谷卯葵子さんについて知りたくて来ました」

「神谷殿のなにを知りたいのじゃ」

 いきなりテロについて教えてくれと言っていいものか迷った。万が一、宗安さんが関わってたとしたら率直には教えてくれない。それどころか命の危険すらある。

「あの人の強さの秘密を教えてください」

 どの程度の関係性なのかを把握するまでは無難な質問でいこう。

 湯飲みを持った彼がお茶をすすった。遠い目で一本松を眺めている。

「お主は豪泉(ごうせん)を知っているか」

「えっと、体内のエネルギーですよね」

「そうじゃ。神谷殿は豪泉の達人なんじゃよ」

 彼女の戦いは目の前で見た。瑠羽だってすごいのに、彼女はそれを上回ってる。

「戦うために生まれてきたようなものじゃよ。強すぎるあまり、何度危険な目に遭ったことか」

「そんなに強いなら恐いものなしじゃないですか」

「危険なのは己自身じゃ」

「己自身?」

 なにを言おうとしてるのか察せなかった。強い自分が危ないなんてことがあるんだろうか。僕が彼女並に強靭さを手に入れたら安心して日々を過ごせる。

 フッと息をつく彼。

「豪泉の過剰な使用は自身を滅ぼすのじゃよ」

「体が傷ついたりとか、そういう?」

 瑠羽だって豪泉は使ってるんだ、そんな副作用があるなら注意しなくちゃならない。

「言うなれば暴走じゃな。第一に意識が飛ぶ」

「死ぬんですか」

「いんや。豪泉の凶暴性が残り、無意識で近くの者を攻撃する」

 彼の視線は湯飲みの茶へ落ちている。その目に映るのは卯葵子さんの姿か。

「それが原因で神谷殿は望まぬ殺しを幾度となくしておる」

 脳内で結びつくものがあって衝撃が走った。

 卯葵子さんは夫を殺してる。もしかして彼女はその暴走により殺したんじゃないか。望まぬ殺人であったなら見方も変わってくる。少なくとも瑠羽はその可能性を知らなさそうだ。

「ワシと出会い、茶の道を知り、ある程度は自身を操れるようにはなったようじゃがの」

 それであの夜、卯葵子さんはケータイで茶道に関する連絡を入れてたんだ。大方、宗安さんにお茶の準備をさせたんだろう。豪泉を使うと暴走しかねないというのは、いつ爆発するか不明な爆弾を抱えてるようなものだ。

「あの人がなにをしようとしてるか分かります?」

「それは分からん。じゃが、誰かに止めてもらうことを欲しているのかもしれんのぉ。神谷殿は豪泉に支配され、己を抑えられなくなっている」

 瑠羽に豪泉というモノがあると言われ、初めは便利に思えた。僕も扱えたらケンカに負けないし、イジメられだってしない。こうやって話を聞いても、使えるようになるなら使いたいと思う気持ちが残ってる。しかし、いくところまでいくと魔の手に引きずりこまれるようだ。

 お茶を一気に飲み干した宗安さんが湯飲みを置く。

「ワシには彼女を鎮めることしかできぬ」

 僕の手をシワだらけの骨ばった手で握ってきた。

「君のような若者に言うのもなんじゃが、もし止められるのであれば止めてやってくれぬか」

「え、あ、はい……」

 どうしてだろう、そう返事をしてしまう。うっかり了承しちゃって戸惑った。だってこんな老人に熱意込めてお願いされたら無下には断れないじゃないか。それに断らせない強い意思のようなものをぶつけられた気がする。

 宗安さんは顔をシワくちゃにして微笑んだ。

「君は負けるのが嫌いじゃろう」

 見透かされてドキッとした。

「目の奥の光が神谷殿に似ておる」

 僕とあの人が? 暴走の話を聞いたあとだと、似てると言われて喜んでいいものかどうか。

 長いアゴヒゲを宗安さんが撫でる。

「されど勝ちばかりを追っては同じような道を歩むことになるじゃろう」

「けど僕は負けたくないです」

「負けろとは言わん」

 勝ちを追わず、それでいて負けないとはどういうことなのか。難解すぎて、なにを言われてるのか咀嚼できなかった。思考のレベルが段違いだ。

「君は君の道を信じて進めば良い。それが最善となるのじゃよ」

 そうは言われても現実にはなんにもできない自分であることが面目ない。

 その後、彼は用事があるとかで僕は帰らされた。結局、テロについては聞けずじまいだ。宗安さんはなにかを知ってて、訊かれる前に追い返したのかもしれない。

 僕の道って、なんだろう。帰路でそれをずっと考えていた。

・一人でも多くの方に楽しんでもらえればと思います。

・感想や意見、その他もろもろに対する反論や否定などを当方は一切しません。作品を読んで思いついたメッセージを自由に残してください。もちろん、一言でもかまいません。

・完成作品を修正しつつアップしています。更新は数日に1回を目安に考えていますが、遅れることもあるかもしれません。

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