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011

 猛暑といっても朝早くは空気が気持ちいい。原付のアクセルを捻り、信号の手前で僕は細い道へ侵入する。こっちの方が空いてて早く学校に着けるんだ。

 前方に不穏な光景を目撃した。青みがかった制服の男子高校生一人に青年が胸倉を掴まれてる。片方は朱良学園の生徒だ、塀に押しつけられておびえていた。

 近づき、原付を停車させる。キーもそのままに僕は怒鳴った。

「なにしてんだっ!」

 鼻ピアスをした他校生徒が視線を向けてくる。一瞬だけ動じたようだったが、こっちの容姿を確認して凶暴な顔つきをした。こんな弱そうな奴に舐められたのか、てところか。

 掴まれてる多田勝也(ただかつや)は額から汗を垂らしながら困惑してるようだった。

「なんだ、テメェはよ。オメェも狩られて──」

「うるさいっ!」

 いちいち御託なんて聞いてられない、メットをかぶった状態で頭から突っこんでいく。幸い身長差はそれほどなく、見事に顔面付近へヒットさせた。相手はアゴを押さえてよろめく。目つきがいよいよ怒りで歪んできた。

 勝也を下がらせ、真正面から怒気を受ける。不良が踏みこむのが見えた。彼の右脚が浮き、そこから中段蹴りが繰り出される。早い。目では追えても体が意識についてこなくて、まともに防げなかった。

 腰のあたりに重い打撃が当たり、僕は横に倒れこみそうになる。

 違和感があった。蹴りを食らって痛いことは痛いのに我慢ができる。攻撃されるのって、この程度のことだったっけ。最近、痛めつけられることが多くて鍛えられたようだ。

 ナニクソ根性で膝を踏ん張らせ、倒れこむのを阻止する。すかさず蹴ってきた脚を僕は脇に抱えた。片足立ちになった相手は焦ったようにケンケンする。

 チャンス。

 再び捨て身になると軽々と転んでくれた。いつもいいところがない自分が勝てそうだ。

 されど仰向けになった不良に跳びこんだのは失敗に終わる。腹に足裏が直撃した。さすがに二発もまともにダメージをもらうのはキツイ。これじゃいままでと同じ末路が待ってる。

 体勢を整えた敵は僕を凝視し、それから駆けてきた。来る──そう思ったら、なぜか横を通りすぎていった。僕の原付を蹴り倒して角を曲がっていく。完全なる腹いせだった。

 逃げたらしい。このひ弱な僕を相手に万が一を考えたんだ。人生で初めてケンカで勝利して僕は興奮した。原付を倒されたことも気にならない、そんなのは負け犬の遠吠えだ。

 勝った、僕は勝ったんだ。ガッツポーズをしようとしたら脇腹が痛んだ。

「おい、大丈夫か」

 隅っこにいた勝也が寄ってくる。

「全然平気だよ、これぐらい」

 せいぜいアザになるぐらいだ。

 複雑そうな表情をする彼が、助かったよ、と言う。貞臣先輩との件以来、まともにしゃべったのは久しぶりだった。なんとなく互いに無言になってしまう。

 それじゃ行くか、と勝也が言ってカバンを持った。その背に言葉を投げかける。

「あのさ、直してほしいアケコンがあるんだけど」

 瑠羽に返却したFAPは大キックが利かない。コンビは解消しても、壊したのは僕の責任だ。せめて自分にできることをしてあげたかった。

「忙しいなら、どう直せばいいかを教えてくれるだけでいいんだ」

「もうやめねぇか、勇輝」

 なにを指しての発言か読み取れずに首を捻る。

 向き直った彼は真剣だ。

「俺ら高校生だろ。ゲームなんかやってる場合じゃないぜ」

「そんなこと言われても僕にはゲームしかないんだよ」

 FAPはゲームとは別物だけど、勝也がそれを知るはずがない。それはそれとしてこの話題は僕にとって重要だった。

「お前、クラスでも浮いてるんだろ。絶対ゲームにのめりこんでるせいだぞ」

「薄々感づいてるよ。僕はそうやってしか生きられないんだ」

「俺は変わったぜ。今度、女子とバーベキューやるんだ、学校に許可取ってテニスコートでな」

「勝也はすごいよ、本当に」

 本音を口にしたら両肩を揺さぶられた。

「すごくねぇ! 誰だって変わろうと思えば変われるんだ、お前だって変われる」

「ムリだよ」

「まずはゲームから離れろ。それと、転校してきた武上ってのとつるむな」

「瑠羽と?」

「アイツ、評判良くねぇぜ。不良連中ボコボコにしたって噂もあるしな」

 てっきり僕のいないところで瑠羽は上手くやってるんだと思ってた。学校に来てるときは授業も真面目に受けてて気づかなかった。彼女も孤立してるんだ。

「お前がその気になれば改善できるって覚えておけよ」

 僕といて得することなんかないのにアドバイスをくれるのがありがたかった。勝也は友達だ。僕とほんのちょっと考え方が違うだけに過ぎない。

 分かったよ、と応えると彼はなにか言いたそうに口をモゴモゴした。

 こっちを見つめ、なぁ、と言う。

「お前も来いよ、バーベキュー。みんなに紹介すっからさ」

 こんなにどうしようもない僕を誘ってくれてる。本当にいい奴だ、こういうところは中学時代から変わってない。友達になれたのは彼の根っこの部分が純粋だったからである。

 僕は逡巡し、目を伏せた。

「やめておくよ、僕なんかが行ったって空気が悪くなる」

「これが最後の変われるチャンスかもしれないぜ?」

 彼の言うとおり、こんな機会は今後二度となさそうだ。変われるかどうかの保障はないにしても、僕にとっては損がない。どうせ気味悪がられてるんだ、失うものはなかった。

 それに険悪な関係になりかけていた勝也が誘ってくれるのが単純に嬉しい。下手したら僕と同類みたいに見られるってのにリスクをおかしてまで声をかけてくれてる。

 誠意に心が動かされた。

「じゃあ、行ってみようかな」

 苦笑いを浮かべ、頬を掻く。なんだろう、ちょっと恥ずかしい。一度断っておきながらすぐに応えを変えるなんて初めから行きたかったみたいじゃないか。本当は羨ましかったんだとは思う。自分もそんなイベントの一員になれたらって望んでた節はあった。

 眉をひそめてた勝也の口元がニンマリとする。

「よっしゃ。んじゃ、詳しくは後日メールするからな」

 彼もどこか吹っ切れたようだ。

 迷惑だけはかけまいと心に誓う。なにかあったら自分が汚れ役になって、ただちに去ればいい。未体験のことゆえ、どんなふうになるかは恐くもあったし、楽しみでもあった。

 勝也には先に行かせ、僕は原付を起こす。

 ミラーが片方割れてる、お金ができたら買い換えよう。他に壊れたところはないかな。試しにエンジンをかけようとしてみるも、なかなか始動しなかった。一分少々、車体を振ったりしながらやってるとようやくエンジンがかかる。倒れた拍子にどっかがおかしくなったみたいだ。とりあえず走れるならそれでいい。

 駐輪場へ停めて校舎内へ入る。

 下駄箱を開け、僕は肩を落とした。上履きがなくなってた。また誰かの仕業だ、こんなことしてなにが面白いんだか。せっかくいい朝を迎えられたってのに水を差されてげんなりだ。

 事務室に行き、来賓用のスリッパを借りて一日をしのぐことにした。




 上履き隠しで始まったその日、一‐Aに着くと机が廊下に出されてた。机には彫刻刀かなにかでバカだのアホだの刻みこまれていた。

 授業中、どこからともなくゴミが飛んできた。無視をしてたら僕の周りがゴミだらけになってて先生に散らかすなと怒られた。

 誰がやったかはどうでもいいことだ。しいて言うならクラスメイトのほとんどが僕の敵ってことだろう。それにしても今日は嫌がらせが立て続けに起こる。

 教室を出て気づいた、敵は自分のクラスだけじゃないってことに。

 みんながみんな、こっちを非難の目で見てた。悪口や罵倒からだいたいのことは感づける。どうやら貞臣先輩が不在なのは、そもそも僕が元凶ってことになってる。彼がいないことで他校生徒に狙われるのは浅海勇輝のせいだ、と。なにがどうなってそうなったか経緯は不明だ。尾ひれがつくのが噂の特徴である。

 普通、こうも嫌われるもんだろうか。全校生徒が僕をゴミクズを見るようにし、近づけば舌打ちをされるか侮蔑される。僕だって人間だ、少々のことなら気にしないでいられても、数百人にそんな扱いをされると堪えられなかった。

 とても学校にいられる気分じゃなくなり、午前中なのに校舎を飛び出した。原付にキーを挿しこみ、校外へ引いていく。エンジンをかけようとするも、案の定かかりにくかった。

 やっと走り出し、目的地を定める。僕が行く場所と言えばシェルパしかない。

 例によってシェルパの駐輪場に原付を置く。午前中だから大した対戦者はいないだろう。のんびりとゲームで時間を潰せればいい。そうだ、たまにはクレーンゲームでもしよう。

 店頭へ歩を向け、遠目に知り合いがいるのを察知した。背格好や仕草からして明らかに瑠羽だ。クレーンゲームのケースに貼りつき、四苦八苦してる。相変わらず下手である。

「今日はどれ狙ってんの」

 横に行くと彼女は、あ、と声を出して表情を一瞬だけ輝かせた。すぐに暗くなり、気まずそうにする。治療をした箇所が先日よりも増えていた。

 瑠羽は黙りこくったまま一方を見つめている。そこには前に獲ってあげたハムスターの色違いがあった。前回がゴールデンハムスターなら今回はジャンガリアンハムスターだ。

 ポケットから百円玉を出そうとした僕は、ためらってやめた。ここで彼女を手伝えば変に期待させてしまう。プレイヤー役には戻らないんだ、なまじ優しくしたら傷つけてしまう。

 手を貸さないとみるや、再度瑠羽がクレーンゲームを開始した。ボタンを押す手は指の先まで包帯にくるまれてる。脚も同様だ、ほとんどミイラである。

 ケース内でクレーンが降りていく。ハムスターの真上だ、いい位置だった。

「もし世界中の人に嫌われたら、瑠羽ならどうする?」

 なんとなく訊いてみる。

「戦うのだ」

 クレーンの行く末を見たまま応えてくれた。ハハハ、なんとも瑠羽らしい返答だ。彼女なら実際にそうしかねない。むしろ、それ以外に解決方法はなさそうだった。

 戦う、か。

 クレーンが持ち上がる。ヒモに爪が引っかかっていて、ハムスターが景品の山から浮いた。僕も瑠羽も息を潜める。ハムスターが左右に激しく揺れ、徐々に爪からヒモがズレていた。あとちょっと、ほんの数十センチで景品口だ。頑張れ、頑張れ。

 応援は届かず、ハムスターは直前で転がった。

 実におしい、前よりもずっと上手くなってる。あんまりテクニックを教えてないのに、短期間で彼女は成長していた。

「ありがとう、瑠羽」

「なにがなのだ?」

 こっちの話、と言って駐輪場へ早足に戻る。

 瑠羽は逃げない、なんどきも戦っていた。いつから僕は逃げ回るような奴になったんだ。あんなケガだらけになっても頑張るコがいるのに、男の自分が辛抱しなくてどうする。

 まだ僕だって戦える、戦えるんだ。

・一人でも多くの方に楽しんでもらえればと思います。

・感想や意見、その他もろもろに対する反論や否定などを当方は一切しません。作品を読んで思いついたメッセージを自由に残してください。もちろん、一言でもかまいません。

・完成作品を修正しつつアップしています。更新は数日に1回を目安に考えていますが、遅れることもあるかもしれません。

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