第2話 「怒りの歴史」 その2
王都を追われナンシー伯領に身を寄せた第一王子シャルル。そのシャルルの下に馳せ参じたローランドと名乗る男は、自らを北方海峡を挟んだ飛び地の王国領である小さな島の代官を父に持つ下級貴族の出だと説明した。若干の北方訛りがある王国語は育った土地のせいで、血も心も生粋の王国人であり正統な王家に忠誠を尽くす者である、と。
名門貴族であるカイン=ローレルはもとより、一人でも多い味方を欲していたシャルル王子の側近ミシェイル候でさえ当初はローランドの言と人となりを怪しんだ。しかし、その懐疑を晴らすかのように数日後、ローランドは付き従えてきた異装の部下たち三〇名だけで第二王子フィリップに与する諸侯の砦を落としてみせた。そしてシャルル王子への謁見を許されると、「自分を正式に徴用してもらえるのなら、来年には殿下は王都へご帰還なさいましょう」と大胆不敵にも言い放ったのである。
ローランドを召し抱えることに賛否は割れた。特にナンシー伯カイン=ローレルは最後までローランドへの警戒を解くことはなかったが、最終的には一刻も早い王都への帰還を王子以上に望む侍従長ミシェイルの強い推しが通り、ローランドはシャルル王子派に部隊士官として参加を許された。
かくしてシャルル王子の名の下にまとまった軍資金を得たローランドは新しい兵団を整えると、矢継ぎ早に寡兵ながら各地でフィリップ派の軍勢を破って名を挙げ、歴史の表舞台へ躍り出た。
ローランドの戦法は既存の戦いを大きく変えた。鉈のような剣を佩き、顔に青い染料を塗って獣を模した意匠の鎧をまとった『青母衣』と呼ぶ恐らく異国人であろう部下たちを巧みに使い、徹底した情報収集で敵軍より速く行軍し、夜討ち朝駆けのゲリラ戦を展開して相手方を翻弄した。もとよりフィリップ王子派も王子の母であり公妾ポンパドールの誘いに乗じた諸侯の集まりであり、また当時の軍制の常としてフィリップ軍の中核を成していたのは傭兵たちである。諸侯の私兵団と違って戦時には傭兵、平時には盗賊と化す集団では、寡兵とはいえ統制のとれた部隊相手に叶う訳もなく、各個撃破の作戦によってシャルル王子派に勢力を押し返されていった。
一五二二年、口約通りシャルル王子が王都へ帰還を果たすと同時期、ミシェイル侯の協力を経て帝国皇帝直属の傭兵部隊『ランツクネヒト』の一部隊長フッサールの懐柔に成功。帝国最強の白兵戦部隊と呼ばれていたランツクネヒトの一団を寝返らせたのだった。