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よほろ軍談記   作者: 鈴木カラス
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最終話 「聖体拝領」 その19

 外した仮面をゴットフリーが(うやうや)しく両手で受け取る。黄金色の髪を一度掻き上げると、フッサールは左右異なる二色の瞳で一同を見渡し、おもむろに口を開いた。

 「わが真の名はヴォータン。先のフランクフルト大公ルードリッヒ2世の子であり、フランクフルトを治める者である」

 沈黙が、辺りを支配した。イーファは泣きはらした顔の眉間にしわを寄せ、ライヘルトは感情のこもらない虚脱した眼差しをかつての上官に向けていたが、尻もちをついていたギイだけが(あわ)ただしく瞬きをくり返した。

 「フッサール殿が、五大公?」

 いぶかしげな様子で漏らしたイーファの声に、ギイが小首をかしげて反応した。

 「はて、今のフランクフルト大公は確かヘイニルという名では……」

 途端、弾かれたように双子が立ち上がった。

 「ヘイニルはなりすましだ!」

 「あいつとロズルがお館様を追い出したんだ!」

 合唱のような抗議の声にギイがたじろぐと、ゴットフリーが軽く咳ばらいをしてフッサールの傍らににじり寄った。

 「ここにおわすヴォータン閣下は、フランクフルトの法に定められた大公位正統後継者の証――片碧眼(かたへきがん)をお持ちでお生まれになった。が、長子ヘイニル様を奉じる逆賊ロズル一派によって幼少時お命を狙われた為、一時的にフランクフルトを離れておいでなのだ」

 「兄上をたぶらかすロズルどもを(ちゅう)するため、永きこと苦心して兵を集め鍛えてきたのだが、世の中は思い通りいかぬものだな、ギイ卿」

 仮面の外れた貴公子の顔に、冷笑が浮かぶ。整った顔立ちゆえか、どこか酷薄な印象を強くさせていた。

 「失った兵士とこれまで『旅団』に与した報酬を寄越せとは、今さら言わぬ。しかし、(けい)の命を救った事実と、一連の暗闘にかかわる北西貴族の醜聞は、相応の値段で買い取っていただいても罰は当たらぬと思うが、いかがかな?」

 シャムロックと青母衣たちの正体と目的は、おそらく北西貴族の間でも当主級の者しか知らぬ話なのであろう。事実アランソンの縁戚にあたるギイですら、寝耳に水な告白であったからだ。その場合最も問題なのは、ボリスらを抱き込んでアランソンの計画を妨害しようとした黒幕もまた、有力貴族の誰かであるということだった。当然、このことが公になればシャルル王子派の支持母体である北西貴族は分裂して、王国の統一は混迷を極めてしまうし、何より先立つ帝国との停戦交渉に及ぼす影響は少なくない。他言無用が必須であった。そのためには、ローランドやボリスら青母衣たちの叛乱に関して、今ここで無かったことにするしかなく、現にそれはヴォータンたちの手によりなされた。

 つまり、黙っていてやるから言うことを聞けと、ギイは脅されたのであった。

 「かような大事を、わしの一存ではどうにもこうにも……」

 「我らはたかりではない。貴公との取引を申し出ているだけだ。結果、それは貴公のみならず北西人、ひいてはシャルル王子派にとっても悪からぬ話であると思うが」

 しどろもどろになりながら口ごもるギイと対照的に、ヴォータンはやや冷たさを感じさせる笑みを口元に浮かべ鷹揚に振る舞っていた。

 主君とギイとの交渉を横目に、ゴットフリーは立ち上がりライヘルトと向かい合った。

 「ライヘルトよ、我らと共に来い。お主と死んだ同胞たちの、公国人の宿願は、我が君がフランクフルトを奪還された折には必ず協力すると約束しよう。もとより、閣下はそのおつもりであった」

 今度は大公の駒になれというのか――。口には出さず、ライヘルトは心の中でつぶやいた。しかし、腹立たしさはわかず、ただひたすらに、(むな)しかった。

 「煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」

 ライヘルトの投げやりな様子に、ゴットフリーは太い眉を八の字にして軽いため息をもらしたが、あえて言葉を継がなかった。ライヘルトの過去や今の心情を(かんが)みるに、軽はずみな同情や慰めが逆に無礼になることを、年の功から察していた。

 まずは、とヴォータンは横たわる偉丈夫の亡骸に目を向けた。

 「いやしくもレンヌ伯の騎士だった者を、このまま捨て置くわけにもいくまい。葬るべき場所を探すとしよう」

 ヴォータンは深い葡萄色の外套を脱ぐと、ギョームに手渡した。長身の弓手はローランドの亡骸を主君の外套で手早く包み、双子の少年らと共に青鹿毛の馬の背に運んだ。

 「行くとしよう」

 血と(すす)臭さの漂う廃城を背にし、八人と一頭の姿は昇る朝日に向かうかの如く、東へと小さくなっていった。

 なお余談にはなるが、後の世に編纂(へんさん)される軍記『英雄ヴォータン』の中では、陰謀により国を追われた小公子ヴォータンは流浪の旅の中で六人の戦士を仲間にし、英雄への道を歩み出した、と記されている。

『よほろ軍談記・回天』につづく。

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