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よほろ軍談記   作者: 鈴木カラス
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最終話 「聖体拝領」 その18

 東の空が徐々に白み始め、朝靄の中に立つ(キープ)の先端に陽光が差しかかった。

 片足を引きずりながら、ゆっくりとライヘルトはなだらかな斜面を登っていく。右頬は腫れあがり、体のあちこちに細かい刀傷を負い、全身返り血を浴びていた。革帽子のつばは千切れかけ、まとう外套はいたるところ切り裂かれており、ぼろ雑巾のようである。携えた喧嘩刀(カッツバルゲル)の鍔は折れ、分厚い刀身も刃こぼれが激しくもはや武器としての体を成していなかった。

 たどり着いた(キープ)の入口で、ライヘルトは視線を落とした。

 復讐の過程で公国人ランツクネヒトたちを抹殺しようとした者と、はからずもその遠因となった者。突っ伏しこと切れている二人の男を見下ろしながらも、ライヘルトの眼差しは果てしなく虚無的であった。「結局、いつもこうだ……」とライヘルトは心の中で呟いた。

 帝国の侵略戦争によって家族を失い故郷を追われ、よりによって帝国の傭兵(ランツクネヒト)になった。それでも故国復興の機会を得て血を流し続けたが、今度は王国貴族の暗闘に巻き込まれ、同胞すら失ってしまった。大きな流れの前に、ライヘルトの願いと必死の抵抗は、ただむなしく空回っただけだった。

 ふいに背後から近づく気配を感じたが、ライヘルトは振り返ろうとも喧嘩刀を構えようともしなかった。逆に喧嘩刀を地面に突き立て、半ば崩れる様に座り込んだ。朝の冷気の中で、傷を負った体はほてり、同時に重かった。

 「父上!」

 胡坐(あぐら)をかいたライヘルトの横を、小さな影が走り抜け、突っ伏したローランドのかたわらに両膝をついた。すでに生気を失った偉丈夫の体を反転させ、イーファははめられた手枷を乱暴に取り払った。少女の端正な顔は血と涙で汚れ、瞳は赤く充血していた。

 「お主、生き残ったか」

 腹に響く重い低音の帝国語が、ライヘルトの背中に当たった。おもむろに首だけ振り返ると、ライヘルト同様に、全身に返り血を浴びたゴットフリーの姿があった。その後ろから長身の男にくつわを取らせた騎士の姿も見える。一番遅れて、双子に両脇を抱えられた巨漢のギイが、煙のように白い息を吐きながら近づいてきていた。

 「なんとも、数奇な運命よな……」

 ため息を漏らすように、ゴットフリーが呟いた。おそらくは父ローランドの遺骸を抱えて泣くイーファに向けられた言葉であったが、ライヘルトの乾いた心にも染み込んでくる気がした。

 青鹿毛の馬が歩みを止め、騎士が背から降りた。動作にいつもの軽やかさはなく、疲労の濃さが見て取れた。ゴットフリーが道を開け、軽く頭を下げた。

 「集めた精鋭も、今となってはそなた一人か……」

 フッサールの流ちょうな帝国語には、わずかな落胆の色が滲んでいた。ライヘルトは感情のこもらない目で、鷲を模した仮面を眺めていた。

 「ライヘルト、そなたは確か公国人であったな。ウルリックやクローターの……」

 「やれやれ、とんでもない目におうた」

 やっとのこと(キープ)の前にたどり着いたギイが、荒い息を吐き出した。主君の言葉を遮ったギイを、ゴットフリーが苦々しげに見つめる。お構いなしに、ギイは(まく)し立てた。

 「まったく、今でも信じられぬ、悪夢を見ているようじゃ。しかし、シャムロックがレンヌ騎士だったとは。事実か否か、早急に確認を取らねばならんな。わし一人では到底処理できる案件ではないわ。とにもかくにも、わが身を救ってくれたことは感謝するぞ」

 噴き出る玉のような汗を拭きながら、ギイはフッサールの肩に手を伸ばしかけた。

 「控えよ、この田舎貴族が!」

 刹那(せつな)、雷鳴のようなゴットフリーの声が(とどろ)いた。ギイは腰を抜かしたようにへたり込み、ローランドの亡骸にすがっていたイーファですら顔を上げた。

 「お主ごとき男爵風情が気安くお声をかけて良いお方ではないぞ!」

 怒髪(どはつ)、天を衝くがごとしゴットフリーの様子に、ギイは陸に打ち上げられた魚のように口を開閉させた。歴戦の古強者はさらに二の句を継ごうとしたが、主の上げた片手に制された。

 一拍おいて、フッサールはおもむろに自分の仮面に手をかけた。傍らのゴットフリー、馬のくつわを取っていたギョーム、双子の少年たちが控える様に片膝をつく。血塗られた戦場跡に反比例するかのごときまばゆい朝日を浴び、フッサールの素顔がさらされた。

 豊かな金髪の下、気品をたたえたその顔の瞳は、右側が琥珀色で、左側は吸い込まれそうな深い(あお)であった。

 「虹彩異色症(オッドアイ)……」

 イーファが、ぽつりと呟いた。

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