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よほろ軍談記   作者: 鈴木カラス
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最終話 「聖体拝領」 その17

 「娘、フ、フッサールは助けに来ぬのか!?」

 後ずさりながらギイが震える声でイーファに問いかける。それを鼻で笑ったのはボリスだった。

 「フッサールが軍を率いているなら、とっくに正攻法で攻め入っているさ。ランツクネヒト一人と小娘一人とあれば、奇襲をかけるより他になかったんだろ? 最初に男爵を狙うまでは良かったけどな」

 ライヘルトたちを囲む輪が、徐々に狭まっていく。殺気が濃縮されていくようであった。

 そこに、鋭い風きり音が闇を裂いた。

 直後、首筋に矢が突き刺さった男が一人、子供の拳ほどの大きさの石を頭にぶつけられた者が二人、横倒しに倒れた。

 馬の(いなな)きが響く。包囲の一角が崩れ、青鹿毛の馬を駆る騎士が一人、漆黒の中から現れた。左手に手綱を取り、右手には農夫たちが使う長さ二ヤード(約一・八メートル)ほどの大鎌(サイス)の鎌を外し、先を尖らせ手斧をくくりつけた即席の(げき)を携えている。その目元は、鷲を模した仮面で覆われていた。

 「退くぞ!」

 騎士の傍らに立ち、長方形の盾を構えたゴットフリーが腹に響く低い声をライヘルトたちに投げた。

 「早く、こっちだよ!」

 騎影の背後の路地から、双子の少年たちが大きく手招きをしていた。

 「逃がすな、しょせんは無勢だ。一人残らず殺せ!」

 ボリスの檄を聞くまでもなく、青母衣たちは一斉に襲いかかった。

 「おう、来るなら来い」

 顔の下半分を覆う豊かな白髭の中から大きな口を開け、ゴットフリーは気勢を上げた。襲いかかる二人の直刀を盾で受け止め、はじき返す。はじかれた男たちがたたらを踏むほどの力強さであった。

 フッサールは巧みに馬を御し、即席の戟で殺到する刃を薙ぎ払うと、返す動きで穂先を一人の胸に突き刺した。また最初の射撃から間髪おかず弓音が鳴り続け、夜であるにもかかわらず恐ろしい正確さで青母衣たちが一人、また一人と射倒(いたお)される。強敵と見えぬ凄腕の射手の存在に、たまらず青母衣たちの勢いが止まった。

 一瞬に出来た隙を見逃さず、ライヘルトはギイの服をつかんでイーファの方へ投げる様に押し出す。一拍遅れて、背後に迫っていた直刀を半回転しながら喧嘩刀(カッツバルゲル)ではじき返した。

 「待て、他の奴は手を出すな。こいつは俺の獲物なんだ!」

 前後左右に視線を走らせ、包囲の間隙を縫おうとしたライヘルトの眼前に、血刀を下げたボリスが現れた。

 「この前の続きをやろうぜ、ランツクネヒト」

 くわえていた長めの楊枝を吐き捨てると同時に、ボリスは鋭い一撃を繰り出した。間一髪で切っ先を(かわ)すと、ライヘルトも袈裟懸(けさが)けに喧嘩刀(カッツバルゲル)を振り下ろす。今度はボリスが獣のような俊敏さで、それを躱した。

 「戦いってのはこうじゃなくちゃいけねえよ。やっぱり不意打ちや(いしゆみ)で殺るのは性に合わないぜ」

 恍惚とした表情を浮かべ、ボリスは直刀を握り直した。ライヘルトはこげ茶色の瞳でボリスを見つめながら、抑えた口調で問い質した。

 「お前らは、なぜウルリックたちを、俺の仲間たちを殺した?」

 「そんなに知りたいのか」

 嘲りを口元に残しながらしかし力強い斬撃をボリスが放つと、ライヘルトは真正面から喧嘩刀で受け止め、鍔迫(つばぜ)り合いとなった。

 「お前には二度も楽しませてもらっているしな、教えてやるよ」

 お互いの白い吐息が顔にかかる距離で、交差した二振りの刃が軋む音を立てていた。

 「俺の仕事はな、和平を阻止して紛争を継続させること、つまり要であるローランドを殺すことだった。だが奴は、フッサールやお前らランツクネヒトとも密かに接触していた。口の堅い奴が自分の正体や目的を明かすことは無いとは思ったが、念には念をってやつさ」

 体格でやや上回るボリスの圧力に、ライヘルトは徐々に押し込まれた。

 「お前を取り逃がしたのは問題だったが、偽物ローランドを殺してくれて逆に助かったぜ。あの混乱のおかげでシャムロックの隙も突けたしな」

 ボリスの前蹴りをくらったライヘルトの体が、背にしていた扉を打ち破って礼拝堂の中に飛ばされた。散在しているわずかな長椅子や燭台に体がぶつかり、埃が立ち上る。二、三回転ほど転がって立ち上がりかけたところへ、ボリスの直刀が振り下ろされた。片手でかろうじてはじいたが、二撃目を受けそこない、ライヘルトは喧嘩刀を取り落した。

 「楽しい戦いをありがとよ!」

 ボリスが大上段の構えを取った。躱せない、と悟ったライヘルトは跳ねるように飛び上がってボリスに組みついた。均衡を崩した二人は暗い廃屋の中に倒れこむ。ライヘルトの左手がボリスの右手首を抑え込んだが、ボリスは空いた左でライヘルトの横っ面を殴りつけた。鈍い音が響き、鮮血が飛んだ。ライヘルトはひるまずボリスの顔面に頭突きを食らわせた。鼻が潰れ、ボリスが思わず顎を上げる。その隙間に、ライヘルトは右腕を滑り込ませ、自分の体重をかけた。

 「てめぇ……」

 琥珀色の瞳を見張り、なんとか体をよじりつつボリスは左拳を何度もライヘルトの頭部に叩きつけた。しかし、ライヘルトは構わず渾身の力をふり絞り、ボリスの喉元を押さつける右腕に全体重を乗せ続ける。赤くうっ血したボリスの顔が次第に青黒くなり、やがて土気(つちけ)色となった。同時に、激しくばたつかせていた四肢が脱力し、ボリスは糸の切れた操り人形のように動かなくなった。

 崩れた壁の中から微かな星明りが礼拝堂の中を照らし、煤けた十字架に張りつけられた神の子が、穏やかな顔で見下ろしていた。

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