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よほろ軍談記   作者: 鈴木カラス
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最終話 「聖体拝領」 その16

 「でたらめだ!」

 イーファの叫びは悲鳴のようであった。冷たさと静けさの中に、わずかなざわめきが起きている。ファーガスの左右に散らばる青母衣たちは、互いに顔を見合わせていた。

 歪むイーファの顔を眺めてファーガスはほくそ笑むと、手枷の男がまとっていたぼろきれのような上着を引きちぎった。冷気に触れ微かに震えるその左肩には、盾の横に後ろ足で立つ貂の入れ墨が描かれていた。盾と白貂――それは代々のレンヌ伯が受け継ぐ軍旗の模様であり、家紋であった。

 ひとつの風景がある――。

 およそ二〇年前、春まだ浅きレンヌ郊外。伯爵家の離宮にある花園にて、若き騎士ローランドは片膝をつき頭を垂れていた。周囲にはレンヌの市民がこよなく愛する白木蓮の花が咲き誇り、上品な香りを放っていた。

 「この役目、お前にしか任せられぬ」

 白木蓮の花に手をやりながらローランドに背を向けて立っているのはレンヌ伯アランソン。やや小柄で齢まだ三〇の若さであるが、北西貴族の筆頭に位置する名門の惣領(そうりょう)らしい気品と風格を放っていた。

 「謹んで拝命いたします。わが命に代えましても」

 顔を上げわずかに頬を紅潮させながら、青年ローランドは静かにだが力を込めて奉答した。その左肩に、無言のままアランソンの右手が置かれる。互いに、それ以上の言葉は必要なかった。従騎士として五年、叙勲を受けて騎士となった後も衛士として仕え三年の月日が流れていた。見つめ合う主従の間には、余人の介入を許さぬ固い信頼が結ばれていた……。

 「わが君アランソン閣下は、父祖の代より続く北西人と島の部族たちとの抗争を憂いておられた。同時に、御身(おんみ)の代で終止符を打ちたいと強く願われてもいた」

 静寂を破り、ついにシャムロック――ローランドの口が開いた。

 「敵を打ち滅ぼすのではなく、和平の道を探る。それが閣下のお考えだった。しかし、いずれルマン公となる一門の惣領ではあったが、当時の閣下のお立場では、和平調停を主張するにはあまりに力不足。ゆえに時間をかけて一門の主戦派諸侯たちと島内の各部族たちを説得するしかなかった。秘密裏に和平調停への道筋をつくるため島へ派遣されたのが私。そして島内で協力者となってくれたのが、巫女のブラインと北の部族の戦士ガウェインだった」

 「馬鹿な!?」

 最後の一言に、ライヘルトに連行されたギイを見た時よりも格段に激しい、あきらかな動揺をファーガスは示した。

 「この期に及んでよくも出まかせを!」

 ファーガスの右拳がローランドの頬を殴りつける。わずかに体勢を崩しながらも踏みとどまった偉丈夫は、ざんばら髪の中から覗く鋭い視線をファーガスに返して続けた。

 「ガウェインは勇敢で聡明な男だった。だからこそアランソン閣下と同じく、戦いの未来を見据えていた。ガウェインはあえて和平反対を声高に叫び主戦派をまとめることで、私がブラインを筆頭とする穏健派に入り込める道を作った。あとは弟のお前の知る通り、互いの主張と長の座を賭けての一騎打ちで、私はガウェインを破りブラインを(めと)った。誤算があったとすれば、敗れたガウェインが主戦派から狙われることまで頭が回らなかったことだ。私がお前の兄ガウェインを殺したというのなら、それは間違いでもない」

 わずかに開いた口元を震わせ、ファーガスの表情は凍りつき、夜目にも分かるほど血の気が引いていた。

 「ガウェインに報いるためにも、私とブラインは島内の意思統一に奔走した。そして一〇余年の時を経て、ご父君の跡を継ぎルマン公となられたアランソン閣下もまた北西貴族をまとめあげ、約束された調停は最終段階を迎えた。その最終的な条件が、シャルル王子戴冠への協力だったのだ。それにより、島内各部族の自治と北西貴族領内の一部割譲を認めると、閣下はお約束なされた」

 北西貴族に血縁を持つシャルル王子の危機に馳せ参じた青母衣とは、先祖代々北西貴族らと抗争を繰り広げてきた北方諸島の部族たちであり、それを率いていたシャムロックこそ、大貴族アランソン公爵の腹心の部下ローランドであったという。

 噓か真か、いずれにせよ衝撃的な告白をしかし、ライヘルトは虚無的な眼差しで見つめていた。ファーガスや青母衣たちの正体も、ローランドの過去も、王国北西部で長きにわたる紛争のことも、ライヘルトにとってどうでもよかった。青母衣たちが公国人ランツクネヒトに刃を向けたこと、その理由だけが知りたかった。

 「ま、待て皆のもの。わしはルマン公の縁者だ!」

 ライヘルトがおもむろに口を開きかけるより一拍先、ギイが大声を上げた。 

 「わが家内はアランソン公の末弟が娘である。ローランドと申すその者が話、事実か否か、わしが責任をもってアランソン公に確認しよう。さればひとまずここはお互い矛を収めよ。な、リシャールよ、悪いようにはせぬ、悪いようにはせぬから」

 苦し気に身をよじり、ギイは振り返ってライヘルトを見た。

 「お主もだ、ライヘルトとやら。事情が分かればお主がローランドを手にかけたことも酌量の余地がある。わしがシェルブール領主の名に誓って身の安全は保障しよう。約束する!」

 「……あいにく、それは困るんだよ」

 抑揚を押さえたしかしはっきりとした王国語で放たれたその一言は、目を見張る光景に一瞬遅れて場の一同に届いた。発した者――ボリスの直刀が、両膝をつくローランドの背中に突き立てられていた。

 声もなく、ローランドはゆっくりと地に倒れ伏した。

 「父上!!」

 「ボリス!? お前いったい!」

 イーファとファーガスの絶叫は、ほぼ同時だった。ギイも時間が停止したように動きを止め、ライヘルトでさえ掴んでいたギイの左腕を離してしまった。

 「なに、いくら大貴族のルマン公が決めたこととはいえ、北西貴族の中には承服できぬ者もいるってことさ」

 爬虫類を思わせる琥珀色の瞳にうすら笑いを浮かべ、ボリスはローランドの背に突き刺した直刀を抜く。次の刹那、ファーガスの背中に火箸を押し当てられたような熱い衝撃がはしり、胸に何かが込み上げてきた。思わず首を傾ぐと、ファーガスは己の腹から赤いものを滴らせた鉄の塊が飛び出しているのを見た。

 「お、お前たち、なぜ……!?」

 背後にいた青母衣に直刀を突き刺され、驚きと苦悶に顔を歪めながらファーガスは膝をつき、ローランドに重なるようにうつ伏せに倒れた。

 「通行手形と金貨一万枚。まあ、悪くはなかったぜ。ただ、ちと安く見積もり過ぎたな。俺らの雇い主はもっと出してくれるとさ」

 血の滴る直刀の峰で自分の肩を軽く叩きながら、ボリスは突っ伏すファーガスとローランドを見下ろした。

 「俺としてはローランドさえ始末できれば良かったんだが……。話を聞いた以上は皆死んでもらうぜ」

 かついだ直刀をゆっくりと下し、ボリスの目がライヘルトたちに向けられた。呼応するように青母衣たちが抜刀し、ライヘルトたちを包むように広がり、その距離を詰めてきた。

 ギイはよろける様に後ずさりし、イーファは目に涙を浮かべ倒れ伏したローランドを見つめている。ライヘルトだけが、喧嘩刀(カッツバルゲル)の柄を握り直し、近づいてくる一〇人余りの男たちを見回した。

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