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よほろ軍談記   作者: 鈴木カラス
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最終話 「聖体拝領」 その14

 ギイの表情から瞬時に異変を察した見張りの男は、腰に佩いた直刀の柄に素早く手を伸ばしながら振り返ろうとしたが、それよりも速く白刃の一撃が男の首筋を襲った。半ば切断された首が大きく傾ぎ、見張りの男はギイの前にある卓にぶつかり、文具や書類をひっくり返しながら音をたてて床に倒れた。

 「ギイ男爵か?」

 意外にも、誰何(すいか)してきた声は女のものだった。

 「私はシャムロックの子、イーファ。我らと共に来ていただこう」

 小柄で少年のような顔をした少女の瞳は、確かにかつて見たシャムロックのまなざしに似ている気がした。あどけなさの残る面立ちだが、力強い意思が双眸に宿っていた。逆に、見張りの青母衣を倒した男の方が、ギイには気になった。所々が破れ、塵埃にまみれてごわついた外套をまとい、特徴的なS字型の鍔を持つ刃渡り二フィート(約六〇センチメートル)ほどの剣を携えている。一刀のもとに斬り伏せた腕前はもちろんだが、つばの広い革帽子の下、少女とは対照的な妙に暗い目つきをしていた。

 「この者は?」

 椅子から腰を浮かせ、ギイは体をイーファに向けつつ革帽子の男に目をやった。流ちょうな王国語を使っていた少女の口が、瞬間言葉に詰まった。あきらかな逡巡(しゅんじゅん)をギイは感じとった。

 「こちらはライヘルト殿と……」

 「黙ってついてこい」

 つばの広い革帽子の男は、イーファの言葉を遮り、やや訛りのある帝国語をぶっきらぼうに発した。王国人であるギイであったが、もともと商人でもあり帝国語にも精通している。しかしライヘルトの口調は、ギイが帝国語を理解できるので話しかけているという風ではなく、そこはかとない敵意のようなものさえ感じられた。

 「男爵殿、早く!」

 イーファに急かされ、ギイは無言で頷きながら太鼓腹を揺らしてその背に従った。ローランドの直属配下とはいえ、青母衣から閣下ではなく殿呼ばわりされるのは心外ではあったが、ひとまずはこの場から離れるより他になかった。

 「おい、男爵……」

 ぎこちない王国語で戸口から部屋を覗き込んできた黒髭の大男に、抜刀したままのライヘルトが体当たりするように突っ込んだ。喧嘩刀(カッツバルゲル)が大男の鳩尾に深々と突き立つ。目を見開いたまま一瞬で絶命した大男の腹を右足で蹴りつけ、喧嘩刀を引き抜いたライヘルトが叫んだ。

 「早くしろ!」

 叱責に飛び上がり、ギイはこけつまろびつ建物の外に飛び出した。

 ライヘルトとイーファでギイを前後に挟むようにして、三人は暗い廃城の敷地を走った。決して広くはない城内のあちこちで、青母衣たちの怒号が飛び交い、火の手が夜空を赤く色づけしていた。

 物陰に身を潜めながら駆けることしばし、半壊した礼拝堂の横で、急に先頭を行くライヘルトが足を止めた。呼吸を整えながら、慎重に物陰から前方を伺う。その視線の先に、城の本丸である石造りの(キープ)があり、ギイが昼間見た男たちが松明(たいまつ)を持って集まっていた。数は一〇人あまり。(キープ)の入口には、男たちに何やら指示を与えているリシャールの姿があった。

 「あいつがファーガスか」

 首だけ振り返ったライヘルトが暗い瞳を向けると、イーファは頷いて身を乗り出し、

 「あの(キープ)の地下で父は囚われています。あいつが、ファーガスが……」

 肩で大きく息をしながら、ギイは自分の部下リシャールをファーガスと呼ぶ二人への疑問を口にしようとしたが、それよりも先にライヘルトが抜き身を突き付けてきた。

 「お前ら北西貴族の企みなのか!?」

 青母衣二人を斬り殺した喧嘩刀からは血と鉄の臭いが(ただよ)った。ライヘルトの放つ殺気も、それと同じくらいの濃さであった。

 「な、何のことを言うておるのだ」

 帝国語の問いかけだったが、ギイは驚きのあまり母語である王国語を発した。

 「わしとて、一体全体なにがどうなっているのやら皆目見当もつかん。そもそもお主らは何が目的なのだ?」

 突き付けられた切っ先を前に、怒りが込み上げた。それが強い恐怖を少し相殺したのか、やや落ち着きを取り戻して今度は帝国語でギイは返した。実際、ギイ自身よく分かっていない。まるで悪い夢を見ている気分だった。

 「仲間が長を裏切ったのはファーガスに(そそのか)されたもの。そのファーガスを動かしているのはあなたではないのですか、ギイ男爵?」

 イーファの黒い瞳が、真っすぐにギイの丸い顔を捉えた。その力強く美しい双眸に、あと数年もすれば貴族にはいないたくましさと美しさを兼ね揃えた女性になるやもと、ギイは場違いなことを一瞬考えた。

 「先ほどから申しておる通り、わしには何のことやらさっぱり分からぬ」

 やや気おされつつも、ギイは貴族としての矜持(きょうじ)を保ち、決然とイーファの問いかけを否定した。

 「おい! 来ているのだろう、イーファ!」

 わずかにイーファとギイとの間に流れた静寂の間を突如として破り、(キープ)の前でファーガスが声を張り上げた。

 「シャムロックはここにいるぞ! お前も姿を見せろ!」

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