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よほろ軍談記   作者: 鈴木カラス
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第1話 「主よ、安息を」 その4

 開けた場所で星の位置から方角を確かめると、ライヘルトとアンドレアスは北に向かって歩き出した。

 目指すはハノーバーから北西へ四〇マイル(約六四キロメートル)離れた帝国都市ブレーメン。帝国の勢力下にある都市まで行けば、王国軍の追っ手は完全に振り切れるとライヘルトは考えていた。

 「ところで、これからどうするつもりなんだ?」

 角灯を持って先を歩くアンドレアスが背中越しにライヘルトに尋ねた。

 「何かあてはあるのか?」

 ライヘルトは頭を横に振り、

 「いや、何も無い」

 「……」

 「でも、目指す場所はある」

 自分に言い聞かせるように、ライヘルトは語気を強めて顔を上げた。

 「俺は……、ルブシュに戻る」

 一瞬、アンドレアスの肩が震え、かぶっている革帽子に挿したきじの羽が微かに揺れた。しかしアンドレアスは何事も無かったかのように前を向いて歩きながら、首をわずかに傾げて問い返した。

 「軍を抜けるってことか?」

 「もう戦争は終わった」

 「金はどうする。巨人兵団を倒した報酬はまだもらってないぞ」

 「金なんかいらない。俺は故郷に帰りたいだけだ」

 「帰ってどうする? 百姓に戻るのか、あの荒れ果てた土地で」

 「……アンドレ?」

 ライヘルトは歩を止め、不審な面持ちで幼なじみの背中を見やった。アンドレアスの言葉にどこか非難めいた響きがあるのを、ライヘルトは感じていた。

 「ルブシュは俺たちの生まれた土地だ。戻ることがおかしいか?」

 「まあ、確かにあそこは生まれ故郷だったな。でも村は……、もう無いじゃないか」 



 遡る事一四年前、一五一一年。

 皇帝直属の傭兵部隊『ランツクネヒト』を創設し、度重なる侵略戦争によって帝国史上最も広大な領土を支配して『武帝』と呼ばれた時の皇帝カール四世によって公国は滅ぼされた。

 八年後の一五一九年、領土を併合された公国貴族の生き残りコシューシコ伯が蜂起ほうき。帝国支配に武力で立ち向かったが、カール四世はハンブルク公アーバインと共に自ら一五〇〇〇の兵を率いて出陣し、圧倒的な戦力でコシューシコ率いる叛乱軍を各地で破った。

 後に『コシューシコの乱』と呼ばれた内戦はわずか五ヶ月あまりで鎮圧されたが、帝国と旧公国との国境地帯であったルブシュ周辺は最激戦地となり、多くの住民が死傷し、家屋や建物は壊され、農地は荒れに荒れた。

 叛乱への見せしめとしてカール四世はルブシュ地方を復興しようとはせず、また翌一五二〇年に崩御したことで帝国王朝はルブシュのことを忘れた。

 荒廃したルブシュでは土地持ちの農民は土地を売り払って村を出て行き、働く場所を失った農奴たちは奴隷商人に別の場所へ連れて行かれるか、乞食となって路頭をさまよった。

 そんな中、土地持ち農民いわゆる自作農であったライヘルトの父は苦しいながらも農地を手放さず、ルブシュに残って懸命に復興に努めたがやがて過労から流行り病に倒れ、失意のまま死んだ。農奴だったアンドレアスの父はアンドレアスと兄弟を早々に見捨てて失踪し、母もまた流れ者の男といずこかへ消えた。

 ライヘルトとアンドレアスにとって、ルブシュは生まれ故郷であると同時に、少年時代に味わった辛酸の記憶を思い出す土地でもあった。



 「どうあっても帰るのか?」

 不意に立ち止まり、アンドレアスは上半身だけ振り返ってライヘルトの茶色い瞳をじっと見つめた。

 「もう誰もいないあの村に」

 「誰かがいるさ!」

 ライヘルトはむきになって声を荒げた。

 「あそこは親父が命をかけて守ろうとした土地なんだ。お袋、マレク兄さん、それにハンナが眠っている。必ず帰る。絶対に取り戻す。俺は一人になっても諦めない!」

 「……そうか」

 興奮するライヘルトに対し、アンドレアスは落ち着いた態度を変えず、むしろ哀れむような表情を浮かべていた。

 「決意は固いんだな」

 自分自身に言い聞かせるように、アンドレアスは小さく呟いた。

 「お前は昔から頑固だったもんな、死んだ親父さんのように。確かにあそこは、お前の土地だものな」

 口の端を上げてアンドレアスが微笑んだ。しかし口元とは対照的に、黒い瞳はどこか悲しげだった。

 その顔を見てライヘルトは口を閉ざし、一つ大きく息を吐き出した。

 「悪かった、アンドレ。熱くなって。ただ俺は……」

 「気にするなよ、俺もしつこかった。もう何も言わないよ」

 アンドレアスは右手を軽く上げてライヘルトを制し、前に向き直って背を向けた。

 「なあ、ライヘルト。でも、最後に一つだけ聞いてもいいか?」

 振り返らず、再び歩き出そうとしながらアンドレアスは尋ねた。

 「お前、なんでローランドを殺したんだ?」

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