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よほろ軍談記   作者: 鈴木カラス
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最終話 「聖体拝領」 その2

 ハンブルク大公の応援要請に対し、帝都にたむろする無産階級の若者たちを集め、援軍と称してアーバインに押しつける。停戦交渉を長引かせて王国遠征軍『旅団』はハノーバーで足止めし、縁戚関係にあるハンブルクとハノーバーの連携を断ち切って孤立化させる。やがて無頼の徒と化した援軍にハンブルク領内が荒らされ弱体化したところへ、雪解けを待って皇帝カール五世が親征し、ハンブルク、ハノーバーと平定していく。

 ギュンターがカール五世に献上した最初の策は、『旅団』の早すぎるハノーバー撤退によって変更を余儀(よぎ)なくされた。

 春まで『旅団』にはハノーバーに留まってもらうのが理想ではあったが、現実的には雪が積もる前までだと、ギュンターは計算していた。その間、およそ二月(ふたつき)。それだけあればハンブルク領内を荒らすには十分だし、ハノーバー大公グスタフが居城に戻っても、困窮(こんきゅう)するハンブルクに援軍を送る前に雪が積もり、大規模な派兵は不可能になる。まして『旅団』が撤退の際にハノーバーの蓄財を接収すれば、援軍を送るどころかグスタフは自領の維持すら危ういはずだった。

 しかし、ファビアンを通じたグレゴリからの連絡によれば、『旅団』は一切の接収を行わず、ご丁寧にグスタフに使者まで送ってハノーバーを離れたという。犠牲を払い、苦労して手に入れた大都市を手つかずで放棄するとは、さすがのギュンターでも予測できなかった。『旅団』の指揮官であるレンヌ伯アランは武骨で血の気が多い典型的な王国北西人で、また大貴族の跡取りとして生まれた経緯から気位が高くて挑発に乗りやすい性格だと聞いていたのだが、海千山千の怪僧グレゴリを(たばか)るほどの智謀を持ち合わせていたのだろうか。

 「侮っていたつもりはなかったが、なかなかどうして、敵もやりおるわ」

 騎上にて、気難しそうな顔をよりしかめて咳き込みつつ、苦々しげにギュンターはひとりごちた。さりとて、ギュンターは予測が外れたことを愚痴るだけの無能者ではなかった。国内外に名将と(うた)われる栄誉は、武門の名家出身という血筋ではなく、実力で勝ち取ってきたものである。すぐさま新たな策を講じ、それを実行に移したのだった。

 「皆の者、よく聞け。私は聖教会司祭ファビアンなり。凶悪な野伏せりどもは皇帝陛下の忠臣ギュンター伯爵閣下によって一掃された。安心するがよい」

 まるで自分の手柄のごとく、司祭ファビアンは朗々とした声で村落の中を連呼して回っていた。その姿に若干の侮蔑を含んだ視線を送りながら、近づいてくる主君の騎影(きえい)を察して黒騎士テオドロスは兜を脱ぎ、片膝をついて頭を垂れた。彼の周囲に控えているランツクネヒトたちもまた、喧嘩刀や斧槍を背後に回し、膝を折った。

 「ご苦労。死体の処理は村民たちに任せるとしよう。貴様らは別命あるまで休め」

 テオドロスが立ち上がり、無言で顎をしゃくると、ランツクネヒトたちも体を起こし、静かにその場から散っていった。

 「日のあるうちに、もう一つくらいは回りますか?」

 返り血を浴び紅潮した顔で、テオドロスは騎上のギュンターに問いかけた。曇天から降り続く風花が先刻よりもわずかに増えたようで、葦毛(あしげ)の愛馬の吐く息がくっきりと白かった。

 「いや、今日はもうよい。あとはグレゴリの手下に任せるとしよう」

 雪が本降りになるまでは時期的にまだ間があった。しかし、ここ二、三日は冷え込みがことのほか厳しく、屈強な兵士たちには簡単な野盗狩りではあったものの、連戦の疲れが見え始めてもいた。何より、もともと頑強ではないギュンター自身の初老の体にも、疲労の影響が表れていた。

 「お待たせいたしました、ギュンター閣下。村長(むらおさ)を連れてまいりました」

 相変わらず額に玉のような汗を浮かべながら、ファビアンが村人を伴って小走りに駆けよってきた。司祭が深く腰を折ると、質素ながら小奇麗な身なりの老人は、恐怖と畏敬を合わせた表情をつくり、ギュンターの前に平伏した。

 「このお方は皇帝陛下の近臣、ギュンター伯爵閣下であらせられる。陛下の勅命により、閣下は無頼の輩に難儀しているお主たちをお救いに参られたのだ」

 芝居じみたファビアンの口上に、村長は埋めんかのごとく額を地に押しつけた。小刻みに震えているのは、決して寒さのせいではない。一般的な農民たちにとって、見たことのある敬意を払うべき上の階級の人間といえば教区の司祭か領主の代官くらいが関の山で、皇帝はもとより伯爵位を持つ大貴族などは、彼らにとって神同然の存在であったからだ。

 「く、君恩(くんおん)、か、かたじけなく、存じたてまつります……」

 事前にファビアンから教えられたであろう大げさな謝辞を、平伏したまま村長はたどたどしく口にした。

 「よいか、お主らを救ったのはギュンター伯爵様。ひいては今上皇帝カール五世陛下のおかげであること、ゆめゆめ忘れるなよ」

 米つきバッタのように、村長はひたすら頭を下げ続けた。ファビアンは満足げに何度もうなずき、村長の腕をとって起こしてやると、どこか含みのある笑みをギュンターに向けた。

 「(こす)い奴め」

 口には出さず、ギュンターは心の中で舌打ちをした。名門の生まれながら廃嫡の危機すらあったギュンターの半生は、苦労の繰り返しだった。艱難辛苦の日々の中、何度も折れかけた心を支えたのは神への信仰であり、ゆえにギュンターは敬虔な聖教会信徒ではあったが、神に対する深い敬意に比べると聖職者たちに対するそれは、真逆なものがあった。

 「これも陛下のおんため。こやつらと手を組むのも、民を(たばか)るのも、すべて大義のため一時的なものだ。神も許したもう」

 胸元から取り出した純銀製の十字架に軽く口づけし、ギュンターは目を閉じて神に短い祈りをささげた。

 『旅団』がハノーバーから完全撤退したという急報を受けると、ギュンターは驚きつつもすぐに次の手を打った。帝都より連れてきた手勢と外衛府(がいえふ)より借り受けたランツクネヒト隊を率い、自分が放して野盗化させた集団を討伐にかかったのである。さらに司教グレゴリの配下で従軍司祭であるファビアンを使って、皇帝の命を受けて皇帝軍がハンブルクの領民を救いに来たと吹聴させたのだ。

 自作自演とはまさにこのことであり、ハンブルク大公アーバインの後を継いだ遺児エグロンはギュンターの所業を声高に非難したが、すでにギュンターはグレゴリを介して免罪符(めんざいふ)の臨時発行という餌で聖教会を抱き込んでいた。

 免罪符とは贖宥状(しょくゆうじょう)とも呼ばれ、それを持つ者は罪の償いを教会の権限において免除される。入手するには教会への献金が必要で、逆に金さえあれば誰にでも与えられた。もともとは東方聖戦士軍の遠征費を稼ぎ出すために大司教マクシミリアンが制定したものだったが、やがてその乱発によって人心は乱れ、聖職者たちの腐敗が横行するようになると、東方聖戦士軍の遠征失敗を機に中止されたのだった。

 敬虔(けいけん)な聖教徒たるギュンターにとって、悪法とも呼ばれた免罪符制度の復活は苦肉の策であった。だが、目論見(もくろみ)通り大戦によって疲弊した多くの人々が免罪符にすがり、神の恩恵を受けた聖教会はギュンターの自作自演を黙認しただけでなく、積極的に後援を始めた。ハンブルクの農村地帯では、教区司祭たちがギュンターを救世主と持ち上げ皇室を(たた)え、同時に領民を守れない大公家への非難を人々に語っていた。

 民草に平和と繁栄を与えれば、玉座は向こうから寄ってくる――。

 かつてローランドがシャルル王子に奉答(ほうとう)した言葉が、場所と人を変え、実現しようとしていた。

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