最終話 「聖体拝領」 その1
遠征軍『旅団』のハノーバー撤退、ハンブルク領内の乱、その裏で暗躍する者たち。
大戦の英雄ローランドを暗殺した亡国の若者ライヘルトは、歴史の大きなうねりの中で漂いながら、一つの彼岸へたどり着く。
寒風が吹き抜けると、土煙と共に枯葉が舞った。白濁した空からはときおり風花が降り、真綿のように白いそれは衣服に着くと、一瞬で水と化して小さな染みを作った。
「そろそろ田舎娘も飽きたな。町の女が懐かしいぜ」
「よく言うよ。お前、町の女に相手されたことなんか無いだろ」
下卑た笑いを満面に浮かべながら大声を発し、男たちは大股に教会前の大通りを練り歩いていた。数は一五人ほど。みな若く、薄汚れていた。素肌に毛皮をまとい抜き身の剣を持つ者、騎士風の兜だけをかぶった者、亀裂の入った大楯を担いだ者――。身にまとう装束に統一感はなく、武器を片手に闊歩するその様は、野生の獣のようであった。
まだ日中であるにも関わらず、通りに面した家々は全ての扉を固く閉ざし、元からの住人たちは息を殺して身を潜めている。嵐の過ぎ行くのを、じっと待っているかのようであった。
大陸暦一五二五年、初冬、ハンブルク郊外。
ハンブルク大公アーバインへの皇帝の援軍と称して派兵された無頼の群れは、率いるギュンター伯の策によってハンブルク領内に放たれ、飢えた狼のごとく徒党を組んで小さな村々を襲っては略奪をくり返していた。治安を守るべき大公アーバインはすでに亡く、配下の『巨人兵団』も壊滅した現在、領内は荒廃の一途をたどっていた。
「でもよ、雪が本降りになる前に、もう少しでかいところに行かないと」
無精ひげの生えた顎をさすりながら、野盗の一人が誰に言うでもなくつぶやいた。
「だが、町を襲うとなれば、今より人手を増やさないとな」
呼応して別の一人が仲間を見渡す。その視線が、途中で止まった。
「なんだ、あいつ……」
野盗たちが塒としている村の教会の門前、そこに一人の騎士が待ち構えるように突っ立っていた。背は高くないが肩幅が広く、鎧の上からでもわかる太鼓腹をした体はいかにも重そうで、棍棒のように太く巨大な鎚矛を地面に逆さに突き刺し、杖代わりとしている。甲冑のみならずその上に羽織るサーコートまでが闇夜のように漆黒で、雄牛を模した兜をかぶったその姿は、聖書に記された悪魔を連想させた。
「何か用か?」
肩をいからせ、野盗の中でもひときわ巨躯な若者が大股に騎士の目前に歩み寄った。怖いもの知らずの熱気と獣じみた体臭が、門前に漂う。
「やれやれ、教会を住処とするとは、しつけのなっていない下品な野良犬どもだ」
黒い兜の下で、糸のように細い目をさらに細め、騎士は嘆息をもらした。
「もっとも、連れてきた我らにも非があるか。閣下の策とはいえ、この村の者には気の毒な事をした」
威嚇するようにのぞき込んでくる若者を完全に無視し、しかつめ顔で、騎士は胸の前で十字を切った。直後、体型からは想像できない俊敏さで、鎚矛がうなりを上げた。
したたかに股間を打ち据えられた男が白目をむいて崩れ落ちると、男の仲間たちは怒号を放ちながら佩剣に手をかけた。しかし、それが抜き放たれるよりも早く、男たちの左右で白刃がきらめいた。
声にならない呻きを発しながら、首を斧槍の穂先で貫かれた二人が倒れる。恐慌をきたした男たちが踵を返すと、いつ現れたのか背後には羽帽子をかぶり赤と黄色のだんだら模様の装束をまとった道化師たちが立ちふさがっていた。
「やれ」
黒い騎士テオドロスの一声で、道化師たちは腰に佩いた剣を抜く。次の瞬間、刃渡り二フィート(約六〇センチ)ほど両刃の剣――ランツクネヒトたちが愛用する喧嘩刀がうなりを上げ、次々と男たちを斬り伏せた。
「いや、お見事。さすがはギュンター様のご家中。野伏せりどもなど歯牙にもかけませんな」
寒風の吹きすさぶ中、額に玉のような汗を浮かべながら、小太りの従軍司祭ファビアンは肉厚の両手を打ち合わせ、傍らの騎士に賛辞を送った。しかし、司祭とは対照的な痩せぎすの初老の騎士は、無言のまま鷹のように鋭い一瞥を司祭に返した。
「グレゴリ卿がしくじらねば、このような手間はいらなかったのだがな」
「いやはや、痛いお言葉。恐縮千万にございます。なればこそ、我ら聖教会、ギュンター様に全面的なご支援を惜しみませぬ」
大げさに平身低頭するファビアンを無視し、ギュンターは乗馬の轡をとっている従士に向け無言で顎をしゃくった。従士は軽く一礼し、ギュンターの乗る馬をうながす。小さく一つ嘶くと、葦毛の馬はおもむろに前に進みだした。




