第4話 「讃美の生贄」 その14
「誰だ!?」
先頭を歩いていたウルリックの足が急に止まり、鋭い誰何と同時に右手が佩剣の柄にかかった。呼応するようにクローターは一歩下がり、控えていたライヘルトたちが彼の周囲を壁のように囲った。
「出てこい!」
斜め前方の巨木に向けてウルリックが野太い声で一喝すると、ややあって針葉樹の陰から二つの人影が現れた。一人は顔に青い顔料を塗って腰に鉈のような直刀を佩いた大男で、もう一人は夏だというのに全身を覆い隠すローブをまとい、フードを目深にかぶった中背の人物であった。
青い顔の大男を見やり、ウルリックは柄にかけた右手を離した。一拍おいて、ライヘルトたちも警戒を解く。
その様子を見届けると、ローブの人物はゆっくりとわずかに頭を垂れた。一見仰々しい態度であったが、傍らの大男は遠くに視線を投じたまま無表情で立ち尽くしており、どこか不気味な雰囲気を放っていた。
「して、ローランド殿はいずこか?」
感じた不気味さをおくびにも出さず、大股に針葉樹へ歩み寄りながらウルリックはローブの人物に声をかけた。
近づくウルリックに対し再び軽く一礼すると、ローブの人物はゆっくりと体を右に開き、右手を掲げて人差し指を正面――ウルリックたちからして左前方に突き出した。
「先刻より、あちらにてお待ちです」
ローブの下から現れた右手の肌つやから、まだ若い男であることが見受けられたが、その声は老人のようにひび割れ掠れていた。
「どうぞ、こちらへ」
腕を下げ、うながすようにローブの男はウルリックたちの前を横切り歩き出す。男の進む一〇ヤード(約九メートル)ほど先に、古びた水車小屋があった。壊れているのか羽根車はほとんど動いておらず、長いこと放置されている物件のように見えた。
ローブの男の後に続こうとしたウルリックは、ふと足を止め振り返った。
「バルシュクとライヘルトはここに残れ。あとの者はついて来い」
手短に命令すると、ウルリックは大股に水車小屋へ歩を進めた。その背中に、ライヘルトが抗議しようとした瞬間、バルシュクの右手がライヘルトの右肩を捕まえた。
「命令に従え、ライヘルト」
「しかし、何故俺たちだけ……」
不満を口にするライヘルトに対し、年上のバルシュクは黙って顎をしゃくった。その視線の先に、ローブの男には従わず、再び大樹の陰に身を寄せる青母衣の姿があった。
「万が一のことを考え、退路の確保を俺たちに任せたんだ」
たしなめるように言うと、バルシュクはライヘルトの肩に置いた手を離した。言葉の意味を察し、ライヘルトは胃が一瞬縮むような緊張を感じた。同時に、待ち伏せの可能性を、示唆されるまで気づかなかった自分の浅慮を恥じた。
「俺たちの腕を見込んでウルリックは指名したんだ。気を抜くなよ」
視線を周囲に巡らせながら、バルシュクは諭すように付け加えた。ライヘルトはわずかに赤らめた頬をつばの広い革帽子で隠すように俯き、遠ざかるウルリックたちを見やった。
「ウルリック」とライヘルトが声をかけようとした刹那、その視線を察したかのようにウルリックは首をひねり、白髪混じりの頬髯をたくわえた口元をわずかにほころばせ、片目を瞑って見せた。欠点も多い男ではあるが、その広い背中は誰よりも頼もしくライヘルトの目には映った。今は亡き、自分の父のように。
革帯に吊るした喧嘩刀の位置を直しつつ、ライヘルトは大きく息を吸い、腹に力を込めた。周囲に気を配りながら、水車小屋の入り口に着いたウルリックたちを見守った。
ローブの男が小屋の扉に手をかけた刹那、それまで動かなかった羽根車が回りだした。そして、軋む水車が、ライヘルトたちにとって、始まりの終わりと終わりの始まりを告げる音を響かせたのだった。




