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よほろ軍談記   作者: 鈴木カラス
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第4話 「讃美の生贄」 その13

 ハノーバーは水と緑の都とも呼ばれており、内陸部ながら水運に恵まれている。商工業で栄える都市中心部から離れた郊外には緑あふれる森林と人工的に作られた小さな湖が点在し、夏の強い日差しを乱反射させた湖面には、マガモのつがいが泳いでいた。人工湖に繋がる小川の(ほとり)ではセキレイが歌い、つい先ごろまで行われていた人間たちの血なまぐさい争いとは一切無縁に思える平和な風景が広がっていた。

 「豊かな土地だな」

 眩しげに眼を細めながら、ウルリックは呟いた。

 大陸暦一五二五年、夏。王国遠征軍『旅団』は、ブレーメン郊外の戦いにおいてハンブルク大公アーバインが率いる帝国の軍勢を破り、永きにわたった二大国間の争いに一応の決着をつけた。占領した古都ハノーバーにおいて帝国皇帝カール五世との停戦交渉の準備に入るつかの間、勝利した『旅団』の兵士たちには短い休暇が与えられた。

 「大公国とはよく言ったものだ。一諸侯の分際でこれほど豊かな土地を領するとは。我らの故国に勝るとも劣らん。なるほど主筋に対して等閑(なおざり)になりもするな」

 足並みを揃えられず敗北した帝国大公の増長を皮肉るように、中年の偉丈夫は広い肩を揺らして笑った。後ろを歩く仲間たちもその声につられる。しかしライヘルトだけは、ウルリックの言葉の中にわずかな自嘲の響きがあることを感じていた。

 「ところでウルリック、やはりフッサールに一言つげなくても良かったのか?」

 同年輩の仲間にそう問われた途端、ウルリックの髭面から笑みが消えた。

 「これは我ら公国人の問題だ。奴は確かにランツクネヒト隊の指揮官だが、我らは便宜上従っているだけに過ぎん」

 「しかし……」

 「我らは飽くまでローランドに雇われたのだ。フッサールの手下ではないぞ」

 事実は逆である。かつて皇帝から公国残党の討伐を命じられた際に、即戦力となる人手を欲していたフッサールはウルリックら公国人を殺さずに自分の部隊に引き込んだ。そこにローランドが目をつけて王国側に寝返らせたのだ。傭兵としての大元の雇い主はローランドかもしれないが、直接の上官はやはりフッサールである。しかし、かつてコシューシコ伯の副官として叛乱軍を率いたウルリックの矜持(きょうじ)が、それを認めさせなかった。勇猛で頼りがいのある男ではあったが、そんな自尊心の高さがウルリックの短所でもあった。

 「それよりも、ローランドの話とは、やはり例の件か?」

 仲間たちが言葉に詰まり、やや白けた空気が流れたのを感じ、さすがのウルリックも気まずくなって話題を変えた。

 「おそらくな」

 歳は三〇半ば。艶のある黒髪を肩まで伸ばした端正な顔の男が短く答えた。ウルリックと共にコシューシコ伯の家臣として仕えた騎士クローターであった。

 「しかし何故(なにゆえ)こんなところへ呼び出す。話なら城の中でも出来ようものを」

 「我らとの約束を、アラン伯らは知らぬ。ローランドとしては、あまり騒がれたくないのだろう。最大の功労者とはいえ、今はまだ飽くまで副官の一人に過ぎぬ。独断専行が過ぎれば、立場も危ぶむ」

 どちらかといえば直情径行型のウルリックに対し、クローターは若い時分から思慮深く老成した人物であった。コシューシコ伯のいない今、この二人こそが公国復興を目指す者たちにとっての実質的な指導者でもある。対照的な性格ゆえに対立することもしばしばあったが、同じ主君を仰ぐ者同士、両者は今まで協力し合って無難にその役目を果たしてきた。

 「だが、約束は守ってもらうぞ。奴の立場とて、我らの同胞(はらから)の血によって得られたものではないか」

 「無論。その気持ち私だけでなく、皆同じだ」

 ブレーメン郊外の激戦において、勝利の見返りとして『旅団』のランツクネヒト隊は三〇〇人ほどの戦死者を出した。その内の半数近くは、かつてフッサールが取り込んだ公国叛乱軍の残党――つまりライヘルトたちの同胞(どうほう)であった。

 「志半ばで散っていった仲間たち、そして生き残った者たちのためにも、宿願を果たさねば」

 ウルリックの言葉に、ライヘルトを含めた仲間たちは皆真剣な顔つきで小さくうなずいた。同調せず無言ではあったが、クローターもその胸中にはウルリックと同じ思いを抱いているようだった。

 捕囚となっているコシューシコ伯の解放と、公国領土の返還――。公国人たちが『旅団』のために死力を尽くすのであれば、勝利の暁には彼らの指導者と故地(こち)を間違いなく取り戻す。それは数年前、ローランドの口から確かに聞いた約束であった。

 しかし、停戦交渉の準備に入る今から数日前、約束の履行をうながしたウルリックとクローターが聞いたのは、しばらくの猶予を求めたいという歯切れの悪いローランドからの返事であった。

 「もし、もし万が一にも奴が誓いを反故(ほご)するというのなら、その時は……」

 逆手で剣の柄を握りしめ、唸るようにウルリックはひとりごちた。もともと気の長い男ではない。いざという時のために、今日の密談にも腕の立つ部下を選んで連れてきたのだった。

 「まずは話を聞け。我々は獣でも蛮族でもない。動くのは考えた後だ。分かっているな」

 鼻息荒いウルリックを横目に、嘆息をもらしつつクローターは背後を振り返ると、艶のある髪と同じ色をした瞳でライヘルトら付き従う部下たちを見回した。

 「分かっているな」

 静かだが反論を許さぬ圧力をもってクローターが念を押すと、一同は無言のまま小さくうなずいた。真昼の静寂が不意に訪れる。夏の暑さの中で、冷たい汗がライヘルトの頬を伝って落ちた。

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