第4話 「讃美の生贄」 その12
決着は、ちょうど三〇合目についた。直刀の打ち下ろしを半身になって躱すと、ライヘルトは左手だけで下から斜めに斬り上げた。喧嘩刀が男の右の脇下を斬り裂く。返す刀で空いた首筋にとどめの一撃を落とした。踏み荒らされたセイタカアワダチソウの原っぱに、首を半ば切断された男の体が倒れこんだ。
肩で息をしながらも、ライヘルトは表情を変えず、早鐘のような心臓の鼓動を鎮めるようつとめた。転がる一つの首と意識を失った一人の女、そして打ち倒した二人の男。
素早く辺りを一巡した茶色の双眸が、一点で止まった。
視線の先、音もなく現れた長身の人影。鉈のような直刀を肩に担ぎ、口の端にくわえた短い楊枝の先が小さな円を描くように回っている。ライヘルトを見据える琥珀色の目は、爬虫類のような冷たさを感じさせた。
「なかなかやるな、さすがはランツクネヒト。やはりあいつらの頼みの綱はフッサールか。またファーガスの言う通りだな」
帝国語でも王国語でもない言葉を、長身の男は独り言のようにつぶやいた。理解はできなかったが、「ランツクネヒト」「フッサール」という単語の響きが、ライヘルトの警戒心をあおった。
「ん? おまえ、見覚えがあるぞ。確かウルリックとかいう公国人の隊にいたような……」
左手で顎を撫でつつ、男はライヘルトの顔を凝視しながら帝国語で言った。
「ハノーバーで殺し損ねたのか、ファーガスにしちゃ抜かったな」
全身の血が、瞬時に沸騰するような感覚がライヘルトをおそった。問わずとも、男の正体を知ったからである。同時に、抑えきれぬ衝動がライヘルトの体を動かした。
「青母衣衆だな」
「素顔を見るのは初めてか」
長身の男――ボリスが答えるよりも早く、ライヘルトの喧嘩刀が風を切った。しかし、必殺の一撃はわずかにボリスの体を捉えきれなかった。
「面白い。面白くてたまらんぜ」
ライヘルトには伝わらない言葉で呟きながら、ボリスは肩に担いだ直刀を振り下ろした。長身から繰り出された打ち下ろしをライヘルトは受け止めたが、喧嘩刀を握る両手に軽い痺れがはしった。
ボリスの力量を瞬時に悟り、わずかに首筋の毛が逆立つのをライヘルトは感じた。対照的に、ボリスは爬虫類のような瞳を生き生きと輝かせ、的確に急所を狙う攻撃を繰り出した。
「楽しませてくれよ、ランツクネヒト!」
打ち合いが二〇合を過ぎたころ、守勢にまわっていたライヘルトの片足がわずかに流れた。薄暗闇の中、血だまりで作られたぬかるみに、足を取られたのだ。
やられる――。ライヘルトの背筋に、冷たい汗が瞬時に噴き出た。つばの広い革帽子の下、感情をなくしたはずの顔が、悔しさに歪んだ。
しかし、そこにボリスの直刀は襲いかかってこなかった。
「まあ、今日はこのへんにしておくか」
ライヘルトが態勢を立て直した時、ボリスはすでに構えを解いていた。長身が、草むらの上を猫科の獣のように音もなく動き、ライヘルトとの間合いを徐々に空けていく。直刀を持つ右手はだらりと下がっていたが、付け入る隙は全く見せなかった。
「小娘をフッサールに会わせてもらわんとな。近くにいるんだろ? お前らの親玉は」
爬虫類を思わせる琥珀色の目を細め、ボリスは闇の中で微笑んだ。不気味というよりも禍々しさをたたえて。
「頼んだぜ、ちゃんと届けてくれよ。待ってるからな」
「待て、まだ聞きたいことがある!」
切り裂くようにライヘルトは叫び、抜き身の喧嘩刀を引っさげたまま、ボリスの去っていく方へ駈け出そうとした。しかし、闇の中から放たれるボリスの殺気と一言が、ライヘルトの足をその場に釘づけにした。
「その小娘に聞けよ。そいつはシャロムックの――、青母衣衆の長の娘だ」




