第4話 「讃美の生贄」 その10
「なんだ、お前は」
問いただす刀傷のある男の声は、わずかに震えていた。呼びかけに応じて現れた、仲間ではない予想外の人物に対し、かすかな動揺を隠しきれていない様子だった。
「失せな、若いの。見逃してやるから」
睨みをきかし凄んだ赤毛の男の顔を、革帽子の男は無言のまま静かに見返した。その目には、ゾッとするような冷たさがあった。
「気に入らねえ目つきだな……」
舌打ちをし、赤毛の男はイーファを縛った革ひもを仲間に預けた。脅しを入れてやろうと肩をいからせ大股に一歩踏み出した瞬間であった。革帽子の男から微かに漂ってくる血の臭いを感じ取り、赤毛の男はぴたりと足を止めた。刀傷のある男も不穏な空気を感じ取り、腰に佩いた直刀の柄に手をかける。
「お前……」
赤毛の男が口を開きかけた瞬間、薄汚れた外套の前がわずかに開き、革帽子の男が何かを放った。一フィート(約三〇センチ)ほどの黒い塊が、地面の上を小さく二、三度跳ね、赤毛の男の足元で止まった。
「ヒュ、ヒューゴー……!」
地に投げ出され転がったそれ――男の生首は、恨めしげに半目を開けて虚空を見つめていた。
「言っておくが、先に仕掛けてきたのはそいつだ」
やや訛りのある帝国語で、革帽子の男は言った。若い顔つきに似合わぬ、抑揚のない声であった。
「野郎、ふざけるな!」
怒号と同時に抜き打ちに放たれた一撃を、革帽子の男は後方に飛び退って躱した。赤毛の男は空を切った直刀を両手に構え直すと、間髪入れずに踏み込んで大上段から撃ち下ろした。
合わせるように、踏みとどまって腰を落とした革帽子の男の外套がはためく。一拍の間に、ふたつの煌きが交差した。
二瞬後、首を半ば切断された赤毛の男は、周囲の枯れ草に鮮血をまき散らしながら前のめりに倒れこんだ。
外套の前を割って左手で逆手に抜いた剣を、革帽子の男はゆっくりと――しかし隙のない動作で右手に持ち直した。
刃渡り二フィート(約六〇センチ)ほど、両刃の刀身は分厚く、相当に使い込まれていた。装飾といったものはほとんど無く、わずかな意匠をこらした独特なS字型の鍔が目を引いた。白兵戦を得意とするランツクネヒトたちが好んで持つ、喧嘩刀と呼ばれる戦場刀であった。
「お前、ランツクネヒトか……」
刀傷の男は低く呻くように呟いた。
「去るなら、追わない」
冷めた目つきを革帽子の下から覗かせながら、若いランツクネヒトは感情のこもらない言葉を発した。イーファを捕らえていた男の、白い傷跡のあるこめかみが、引き攣るように二度、動いた。
「なめるなよ、若造」
左手で革ひもを手繰り寄せると、男は直刀の柄頭でイーファの後頭部を打ち据えた。
短いうめき声と共に、意識を遮断されたイーファの体が崩れ落ちる。その顔が地面に届く直前、革帽子の男は獲物を狙う豹のような鋭い出足で、一気に間合いを詰めた。
鉈のような直刀と喧嘩刀がぶつかり合い、夕闇の迫る荒地に、高い金属音が鳴り響いた。夕陽の余光はすでに無く、打ち合う二人の影は黒い地面に溶け込んでいた。




