第4話 「讃美の生贄」 その6
漆黒の中にオレンジ色の光の点が数個浮かぶ。それは夜空に輝く星のように闇の中で輝いていた。やがて小さな明かりは徐々に大きくなると、突如として紅蓮の色に変わり、狂ったように飛び散りだした。
闇の中で広がりつつある炎の中に、幾人もの人影がせわしく動き回る。断続的に瞬く光は、炎を反射した剣や槍の刃であった。
「奴ら、忠実に動いておりますな。まさに猟犬のごとし。いや、飢えた野良犬を褒めすぎでしょうか?」
集落を見下ろす丘の上で、黒い甲冑に身を包んだ小太りの騎士は望遠鏡を下ろしながら、丸々とした顔に満足げな表情を浮かべた。傍らにいる初老の騎士は、男の饒舌を聞き流すように無言のまま依然として望遠鏡を片目に当て続けている。眉間に刻まれた深い皺と痩せた顔つきは、気難しそうな雰囲気を窺わせた。
「援軍に領内を荒らされることになろうとは、さしものアーバインも予期していなかったでございましょう。あの男、武帝陛下に重用されたかといって今上陛下を蔑ろにするとは増長もよいとこ。今ごろ地獄の入口で、三つ首の番犬を前に後悔の涙を流していることでしょうな」
ハンブルク大公アーバインからの脅しに近い援軍要請を、若いカール五世が怒りに任せて突っぱねようとした際、傍らに控えていたギュンターはそれを制し、逆に利用する策を勧めた。かつて武帝カール四世が無産階級の若者を傭兵ランツクネヒトとして採用した故事を参考にし、帝都やその近辺に溢れていた乞食や傭兵くずれどもを集め、皇帝の援軍と称してアーバインに押し付けたのである。
当然、援軍とは名ばかりのろくな装備も持たぬ流民の集団を見てアーバインは激怒したが、当時すでに『旅団』はハノーバーを発ち、北上を開始していた。乞食同然の集団とはいえ五〇〇〇の人員であり、放置して領内を勝手に略奪されては堪らないと、アーバインは自らが揃えた輜重隊の三割をあてがって戦場の郊外に待機させた。しかしギュンターは、ブレーメン郊外の決戦が始まるやいなや、率いてきた傭兵たちに解散を告げ、各自適当にハンブルク領内で物取りを行うよう命じたのだった。
「アーバインは亡く、また自慢の『巨人兵団』も壊滅とあれば、ハンブルクの治安を維持することは容易ではありませんな。まこと閣下の謀、見事というより他にありませなんだ」
望遠鏡を従士に渡し揉み手をするように初老の騎士を讃える小太りの男に、皇室の宿将ギュンターは鷹のように鋭い目で一瞥をくれた。
「油断するな、テオ。敵の息の根が、完全に止まるまで。油断するな」
自らに言い聞かすように、ギュンターは低い声で呟いた。決して通る声ではなかったが、聴く者に威圧感を与える重々しさがあった。騎士たちの傍らに控えている従士たちに、緊張が走った。
「ええ、ええ、分かっておりますとも。不肖テオドロス、お館様の忠実なる僕にございますから」
しかしテオと呼ばれた小太りの騎士は、飄飄とした態度で肉付きの良い顔に備わる細い目を、より一層細めて何度も頷いた。傍から見れば主を小馬鹿にしたような態度であったが、ギュンターは大して気にした様子もなく、再び望遠鏡を掲げた。
「冬に入るまでに、ハンブルクへの補給線は完全に潰さねばならん」
時折咳き込みながら、ギュンターはひとりごちた。
宿将ギュンターの家は代々皇室に仕える武門であるが、彼自身の今までは決して順調ではなかった。名家の五番目、初の男児として生を受けたギュンターであったが、幼少より虚弱体質で、五歳の時には流行病から高熱を発し、片足が麻痺して不具者となった。
武門の跡取りにはなれぬと判断した父マテウスは、ギュンターを廃嫡し親戚筋より養子を迎える意向を示したが、幼子は武芸の代わりに頭脳を徹底的に磨き上げ、名だたる兵法家として若くして頭角を現した。身体の弱さを意志と知性によって補い、ギュンターは自分で自分自身を救い、現在の地位を得たのだった。それゆえに、彼の部下は有能であれば出自や経歴を一切問われない。道化師のようなテオドロスも外見に似合わぬ剛勇の持ち主で、得意とする鎚矛を奮って戦場で討ち取った名だたる戦士は数知れず、その功績と抜け目無い性格からギュンターの腹心として信頼を得ていた。
「グレゴリに足止めされ、『楽団』に後方を撹乱された『旅団』は近いうちにケルンに退くはずだ。それまでに、ハンブルクは落とさねばならぬ。陛下のご親征が始まる雪解けまでに、ハンブルクの内陸部を制するのだ」




