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よほろ軍談記   作者: 鈴木カラス
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第4話 「讃美の生贄」 その2

 「おのれ、あの生臭坊主が!」

 大理石の長机に拳が振り下ろされると、卓上の燭台が怯えたようにわずかに震えた。皇帝の勅使グレゴリとの会見を終え、別室に幕僚たちと戻ってきて怒りを再燃させた様子のアランを見やり、ライオネルは誰にも聞かれぬよう心の中で舌打ちをした。王国一の大貴族の御曹司であり、武勇も知略もそこそこにはあるが、どうも交渉事には向いていない。まして相手が怪僧の呼び名で知られる海千山千のグレゴリである。向こう側が呼びかけてきた停戦交渉とはいえ、決して楽観視せずに慎重に慎重を重ねる必要があるのだが。

 「だいぶイラついているな、アランよ」

 野太い声が、別室を支配していた緊張を破った。

 「熱くなれば奴の思う壺だ。冷静になれ」

 声の主は軍靴を鳴らして大股に入室し、鎖帷子くさりかたびらの上にまとったサーコートすら脱がぬ軍装のまま、豪奢な椅子にどかっと巨躯を沈めた。つやつやとした漆黒の髪と髭、元の浅黒い肌は日に焼けて赤銅色になっており、対照的に大きな口から覗く白い歯が印象的であった。

 「早かったな、バリアン」

 アランの言葉に、カーン伯バリアンは籠手こてを外しながら皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 「たかが街道荒らしごときに俺が手間取るかよ」

 不遜な物言いに、アランが一瞬眉間にしわを寄せる。すかさずライオネルが口を開いた。

 「して、首尾はいかがで?」

 「前といっしょさ。五〇人もいない統制の取れぬ傭兵崩れどもだ。見せしめに全員縛り首にしてやったわ。しかし……」

 一度言葉を切ると、バリアンは卓上に置かれた杯に手酌で葡萄酒を注ぎ、

 「統制は取れておらぬが、明らかに輜重しちょう隊を狙って現れているな」

 王国国境に隣接するケルン領とは違い、ハノーバーは北にハンブルク領、南にフランクフルト領、そして東に皇帝直轄領が接しており、現在『旅団』は三方向を敵に囲まれている状態にあった。また司教グレゴリが見抜いた通りハノーバー市民を始めとする領民から快く思われていないため、人員や物資の補給に関しては西の街道を利用してケルンから運んでいたのだが、ここ最近はその補給路が小勢の街道荒らしたちによって頻繁に襲撃されていた。

 平時には盗賊となる傭兵たちであるが、普通彼らが襲うのは武力を持たぬ農村や隊商であって、軍隊の輸送部隊を狙う事はまず無い。頻発する輜重隊襲撃の背後には明らかに街道荒らしと化した傭兵たちを指揮している者がいるはずだとライオネルは睨んでいた。

 ならばその詳細を掴もうとライオネルはアランに進言し、将軍格であるバリアンを補給路の警護に派遣させたのだが、結局は単純なもぐら叩きに終わってしまった。カーン伯バリアンは豪傑として名高く、個人の武勇だけなら名将カイン=ローレルを凌ぐ勇将とまで言われているが、諜報戦などの細かい事は苦手とし、やや思慮深さに欠ける面があった。今回の討伐の際も、捕縛した街道荒らしを全て処刑するのではなく、一部は生かして拷問するなり、一旦いったん解放して泳がせるなりして背後関係を探る方法もあったはずである。

 やはり自分が赴くべきだったかとライオネルは軽く唇を噛んだが、いまさら後悔しても遅い話である。またグレゴリも到着していたし、老獪な勅使の相手を直情径行なアランだけに任せるのも不安だった。つまるところ、人材が足りていなかったのである。こうなってみると、あまり認めたくはなかったが、死んだローランドは軍事と政治の両方に優秀であった。

 だがしかし、『旅団』陣営に現状を嘆いている暇はなかった。

 補給線の不安、ハンブルク近郊で陣を張っている皇帝の軍団五〇〇〇名、一向に捕まらぬローランド暗殺犯と姿を消したランツクネヒト部隊長フッサールの行方――。兵の一部からは、ローランドの私兵である青母衣あおほろたちがランツクネヒトを粛清しようとした為に事件が起きたという声も上がっていた。

 噂はしょせん噂に過ぎないが、火の無い所に煙は立たない。現にランツクネヒトを束ねていたフッサールは従士たちと共に姿を消している。ランツクネヒト(帝国に仕える者)はその名の通り本来は帝国皇帝直属の傭兵である。再び寝返った可能性も考えられなくもなかった。

 しかし、ローランドはフッサールら生き残りに対して多大な恩賞を与える準備をしていたとも聞く。王国侍従長ミシェイルを介して手を結んだ両者の関係は、新参者と異国人の傭兵という立場も手伝って、反ミシェイル派のアランやカイン=ローレルよりも深いものだったはずだ。有能で精鋭を率いるフッサールを排除する必要が、ローランドにあったとは思えない。加えて、ローランドの私兵――青母衣あおほろたちが行方知らずなのも不可解だった。元々得体の知れぬ連中ではあったが、仕える主人が暗殺された直後に全員が誰にも何も告げずにいなくなるとは、奇っ怪千万というより他にない。

 もしやローランドを誅したのは青母衣なのではないだろうか?

 思惑にふけっていたライオネルの視界の端に、ふと人影がちらついた。横に広がった巨体を微かに揺らしながら、落ち着き無く両の手を握ったり開いたりしている。

 アランの義理の従兄弟にして王国領シェルブールの領主、主計参謀ギイであった。

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