第3話 「呪われし者」 その12
左右を殺気あふれる二人に挟まれながらライヘルトの胸中に湧き上がったのは、恐怖ではなく軽い興奮であった。コシューシコの乱が鎮圧され、荒廃した郷里ルブシュの復興を果たせぬまま父母が死に、兄と妹が帝国兵によって殺害された後、旧友アンドレアスと共に逃げ延びてコシューシコ伯の家臣であった騎士ウルリックが束ねていた反乱軍の残党に加わってから五年――。戦場に身を投じてから五年、戦うことを楽しいと思ったことは一度もない。しかし、生と死が濃密に混ざり合って爆発する戦場を渡り歩いた日々が、自らの心とは裏腹に、ライヘルトの肉体を戦士に相応しいものに変えていた。
「楽には死なせないぞ、ランツクネヒト」
黒い外套を背中に流したシルヴィオの右手に、鈍い光を放つ手斧が握られていた。斧を得物に人を襲い、殺した人間の血で帽子を赤く染め上げると言われる伝説の妖精――赤帽子。その悪鬼の名を付けた傭兵部隊の噂は、ライヘルトも耳にはしていた。それが帝国五大公の一人、フランクフルト大公ヘイニルの義弟ロズルの率いる私兵団であることまでは知り得なかったが。
「お前たちが父さんにしたように、生きたまま切り刻んでやる」
かつてヘルダとシルヴィオの住む街を襲ったランツクネヒトは、当然ライヘルトではない。ましてライヘルトの所属していたフッサールの部隊でもない。十五年前のライヘルトは五歳だったし、フッサールが部隊を編成したのは今から五、六年ほど前の話である。白兵戦専門のランツクネヒトは戦死率の高い兵種だけに、当時の兵士たちはすでに死んでいるか、生き残っていたならばとっくに足を洗って貯めた大金で悠々自適に暮らしているはずだ。シルヴィオのライヘルトに対する怒りは明らかにお門違いだった。
しかし、シルヴィオにとってそれは関係ないのだ。ライヘルトがかつて帝国の全てを憎んだように、シルヴィオはランツクネヒトという存在を憎悪している。憎しみ続けることが、自身の存在証明の一つとなっているのだ。
両手の武器を握り直しながら狭まる距離に隙なく反応しつつ、硬さをほぐすためライヘルトは短く息を吐いた。もとよりシルヴィオと話し合おうとは思っていない。剣を抜き、武器を持った相手と対峙した以上、自分が死ぬか相手が死ぬか、二つに一つ。自分が死にたくなければ、相手を殺すしかない。戦いの理由や正統性など、ライヘルトにとってもう関係なかった。奴隷であろうと農民であろうと、まして貴族であろうと、世の中は勝った者だけに、生き延びた者だけに、生きる権利と正しさが付いてくる。ライヘルトはそれを十二分に思い知らされていた。
「やめて!」
闇を切り裂くヘルダの絶叫に呼応して、シルヴィオとハンスが動いた。一拍遅れ、ライヘルトは右に踏み込むと同時に左手の鉈をシルヴィオに向けて放り投げた。
無造作に投げられた鉈であったが、前に重心を置いていたシルヴィオはわずかに体勢を崩し、ハンスとの連携が乱れた。その一瞬の隙を突き、右に踏み込んだライヘルトは喧嘩刀を下から斬り上げる。戦斧を振り下ろそうとしたハンスの左腕が断ち切られると、右足を軸に半回転し、背後に迫ったシルヴィオを袈裟懸けに斬り下ろした。
一瞬の出来事であった。
ライヘルトの背後で悲鳴を上げながらハンスはよろめき、シルヴィオは手斧を持った右腕を斬り落とされ、つんのめる様にして地面に膝をついた。すかさずライヘルトは振り返り、痛みをこらえて右手だけで襲いかかろうとしたハンスの鳩尾に剣を突き刺した。




