第3話 「呪われし者」 その10
「シルヴィオ……」
「久しぶりだね、カテリナ姉さん。いや、今はヘルダ姉さんかな?」
「お願いシルヴィオ、あたしの事はもう放っておい……」
「たった二人の姉弟じゃないか」
ヘルダの言葉を遮り、シルヴィオはフードをまくった。小さく端正なその顔には、薄い笑いが浮かんでいた。
「たった二人で苦しみを分けあって今まで生きてきたじゃないか。最初は姉さんが僕のために。次は僕が姉さんのために」
向かい合う二人の顔は、夜の暗さの中でも分かるほどよく似ていた。縮れた黒髪、白い肌、整った小さな顔と漆黒の瞳――。
「ロズル様はお怒りだよ」
その名にヘルダの肩が一度大きく震えた。抑揚のない声でシルヴィオは続ける。
「まさか忘れてないよね? ロズル様がいなければ、あの時僕らは縛り首になっていたんだよ、姉さん」
わずかな静寂が漂った。辺りには虫の鳴く音すら無く、闇を照らす松明の炎が揺れていた。
「まあでも、大丈夫、僕も一緒に謝ってあげるから。『魔女カテリナ』の名は大公様の覚えも良いし! それにね、ついさっき手土産も用意出来たからさ」
芝居じみた大げさな動きでシルヴィオは外套の前を開け、両手をヘルダの方へ差し出した。拒絶するようにヘルダの視線がシルヴィオから外れると、シルヴィオに付き従うハンスら五人の男たちに移った。統一感のない武装をした男たちの全身は、くすんだ朱色のまだらに染まっていた。
「あんたたち、もしかして村を……」
「仕方ないだろ、さっきも言ったけど、大公様はともかくロズル様はとても怒っているんだから。それなりの『収穫』がないと帰れないよ」
不思議そうに小首をかしげるシルヴィオに対し、ヘルダは肩を落として俯いた。
「あたしはもう、やめたいの」
うめくように呟いたヘルダの一言に、シルヴィオの顔から笑みが消えた。姉と同じ漆黒の瞳に、猛禽のような鋭さが宿った。二人の間の感情の温度差がみるみる広がっていくのを、ハンスたちも感じていた。
「姉さん、胸に刻印がある以上、今さら普通の生活なんて出来ないんだよ。僕らはずっと一緒に生きていくしかないんだ。最期の時まで、ずっとね。そこから一人だけ抜け出そうなんて……、許されると思ったの?」
「お願い、シルヴィオ。一生のお願いだから」
いつしかヘルダは着ている長衣の裾を力いっぱい握りしめ、戦慄いていた。すがる様な目が、一瞬背後の戸口に向けられる。その様子を、シルヴィオは見逃さなかった。
「……分かった」
哀願する姉に射るような視線を向けながら、シルヴィオは差し出していた両手をゆっくりと下ろした。
「どうも悪い虫が付いているみたいだね。姉さんを混乱させている悪い虫が」
「やめて!」
ヘルダの絶叫よりも早く、シルヴィオの付き従えた男たちが戸口へと殺到した。振り返って駆け戻ろうとしたヘルダの腕を、シルヴィオの右手が捕らえた。
「姉さんはここにいるんだ、危ないからね」
酷薄そうに呟くと、シルヴィオは顎をしゃくった。戸口の両脇にいた二人の男が頷くと、左手に松明を持ったまま剣を抜く。抜き身の刃が炎を反射させ、暗闇の中で不気味に光った。
戸口の左側にいた男が慎重な様子で一度中を伺い、一拍を置いて右側の男と共に一斉に屋内へ踏み込んだ。ハンスはシルヴィオの横に立ち、一人は弩を構えて戸口に狙いをつけ、もう一人が家の裏手に回り込んだ。
「逃げてライヘルト!」
ヘルダの絶叫と同時に屋内から激しい剣戟の音と怒号が響いた。開け放たれた窓から松明の明かりが激しく動くのが見えた。周囲に緊張が走り、ハンスは松明を投げ捨て戦斧を構え、大股で戸口に近づいた。
十を数える間もなく、屋内は再び静まり返った。戸口と窓から漏れていた揺れる明かりが消えた。
「おい、どうした!?」
屋内に声をかけたハンスの横で弩を構えた男の首が、突然後ろに傾いだ。その片目に、小刀が深々と突き刺さっていた。
「野郎、出てきやがれ!」
戸口から二、三歩退き、ハンスは怒鳴った。シルヴィオはヘルダの腕を掴んだまま、無言でその様子を見つめていた。裏手に回った一人が駆け戻ってきた時、戸口の闇の中から人影がゆっくりと現れた。
つばの広い革帽子を目深にかぶり、塵埃にまみれてごわつき所々灰色に変色している黒い外套をまとっている。左手に鉈を、右手には剣を持っていた。僅かな意匠をこらしたS字型の鍔、刀身は分厚く、その剣は相当に使い込まれていた。
「喧嘩刀……」
シルヴィオが呟いた。その声に、憎悪にも似た響きが込められていた。
「ランツクネヒトか!」




