第3話 「呪われし者」 その8
弦の鳴る音に続き、矢羽が風を切り裂いた。短い絶叫と長い悲鳴がその後に続く。鉄が肉を打ち、断ち切る。血しぶきが飛び散り、石畳は赤いまだら模様に染まっていた。
「兎狩りよりつまらんぜ、これじゃ」
下卑た笑いを顔に浮かべながら、慣れた手つきで髭面の男は弩の引き金を絞った。背中から撃たれた農夫姿の老人がうつ伏せに倒れこむ。その傍らには、脳天を砕かれた中年女の死体が転がっていた。
「おい、ガキと女は一ヶ所にまとめておけ!」
騎士風の兜をかぶって狼の毛皮を着た男が泣き叫ぶ若い女の襟首を掴んで小屋の中に引きずり込もうとするのを見かけ、血の滴る戦斧を片手にハンスは怒声を飛ばした。
「ったく、女を犯すのは後にしろって言っただろうが」
短く舌打ちすると、ハンスは油断なく周囲に目をやった。断末魔の絶叫や怒号は途切れ途切れになっている。ざっと数えただけで一〇人以上の死体がハンスの周りにあった。そろそろ、制圧は終わりそうだった。
情報通り、集落には武装した戦力は無かった。隠れ里として永く平和が保たれてきたせいだろう。集落を囲むように作られていた柵は所々が崩れたり破損していて、見張りすら立っていなかった。村人は皆ハンスたち傭兵くずれの姿を見ただけで恐慌をきたし、次々と彼らの凶刃に倒れていった。
首を半ば切断された死体を跨ぎ、ハンスは小路を抜けて広場に出た。広場の中心には教会があった。揺りかごから墓場まで。一般的な集落は教会を中心に居住区を構築していく。この集落も同じだった。
教会の入口前には、二〇人ほどの子供と若い女が集められていた。誰もが怯え切った表情を浮かべ、無言で体を寄せ合っている。そこから十歩も離れていない距離に、漆黒の外套を身にまとった小柄な人影があった。正面に、絹製の天鵞絨の服をまとった恰幅の良い男を見据えている。目深にかぶったフードの下で、白い口元がわずかに動くのが見えた。
「あんたは身分が高そうだね。名前は?」
「ト、トマス」
「じゃあトマス。この薬、見覚えある?」
正面に見据えた男~~トマスに対し、フードの人物は静かだが冷ややかな声で尋ねた。黒衣から差し出した小さな白い右手の平に、蕗の葉で包まれ紐で括られた小さな塊があった。
「これを作ったのは誰なの?」
「へ、ヘルダという女だ。西の方の、少し離れた廃屋に、一人で住んでる」
トマスは手を西の方角へ向けながら、震える声で答えた。視線は正面の黒いフードの人物と、自分のすぐ脇で白目を剥き口から泡を吹いて絶命している中年男との間をさ迷っていた。
「ふーん、ヘルダか……」
黒フードは左手で自分の顎の先を撫でながら、短く数回頷いた。
「もしかして、そのヘルダって女、こんな顔してない?」
黒衣の人物は、おもむろにフードを捲り上げた。わずかに縮れた闇夜のような黒い髪、通った鼻筋、髪と同じ色をした切れ長の目、透き通るような白い肌をした美しい顔がそこにあった。
「!? ヘルダ!?」
あらわになったその顔を見て、トマスの表情はさらに凍りついた。
「いっ、一体、何のマネだこれは! どうしてこんな事を」
驚きを受けたと同時に、見覚えのある顔ゆえに恐怖が薄らいだトマスは、瞬間我に返って殴りかからんばかりに身を乗り出したが、近づいていたハンスの太い腕に阻まれ、逆に吹き飛ばされた。
「俺はヘルダじゃないよ。ちなみにアンタの知っているヘルダも、ヘルダじゃないけれどね」
仰向けに転がったトマスを冷たい目で見下ろし、黒衣の人物は吐き捨てるように呟くと、視線を傍らのハンスに向け、無言のまま顎をしゃくった。ハンスは小さく頷くと、手に持った戦斧を振り上げ、立ち上がって逃げ出そうとしたトマスの頭部に振り下ろした。教会の前に集められた女子供たちから新たな悲鳴が上がった。
その光景を眉一つ動かさず見届けると、黒衣の人物は右手に持った小さな薬の包みに視線を移し、口の端をわずかに上げ、微笑んだ。
「ずいぶん探したよ、姉さん」




