表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よほろ軍談記   作者: 鈴木カラス
2/64

第1話 「主よ、安息を」 その1

 抜き打ちに放たれた剣に左の頬を切り裂かれながら、黒い影は白刃を男の体に突き刺した。刺された男が庇った傍らの女が館中に響く悲鳴を上げる。少し遅れて廊下を駆けてくる足音がそれに続いた。

 影は男の鳩尾に突き刺した剣を引き抜くと、武装した兵士たちが扉を開けると同時に、反対側の窓を突き破って闇の中に消えた。

 大陸暦一五二五年。王国の英雄ローランド将軍、暗殺さる。



 逢魔おうまヶ時。

 古都ハノーバーより北西へおよそ二〇マイル(約三二キロメートル)。寂れた街道には男の孤影しかなかった。

 男は塵埃じんあいにまみれてごわつき所々灰色に変色している黒い外套がいとうをまとい、つばの広い革帽子を目深にかぶり、視線を足元に落として黙々と歩を進めていた。その姿は遠目には先を急ぐただの旅人のように見えたが、全身からただならぬ張り詰めた雰囲気を放っていた。

 西日が揺らぎ丘陵の天辺に差し掛かった時、男は足を止め、わずかに顔を上げて後方をうかがった。目深にかぶった革帽子の下に、まだ若いが殺伐とした茶色い双眸を持つ顔があった。

 男が前方に視線を戻した時、街道の少し先に、落ちていく夕日を背にした三騎の騎馬が陽炎のように見えた。同時に、背後から近づいてくる人の気配も。

 「ランツクネヒトのライヘルト伍長だな?」

 徐々に男に近づいてきた騎馬の一人が誰何すいかした。

 「我らは『旅団』の長、アラン伯の配下の者だ。ライヘルト伍長、貴様に副司令官ローランド将軍殺害容疑で逮捕状が出ている。武装を解き、我々に従え」

 豪奢ごうしゃな紺色の外套を背中に回し、白銀の鎖帷子に青い腕章。三騎の内、中央の騎士には隊長格を示す金色の縁取りがあった。淀みの無い帝国語を話すところから、高い教養を持つ身分ある王国人であることがうかがえた。騎士は左手で手綱を操りながら、右手で逮捕状と思しき書類を掲げていた。

 前方に三騎、後方からも同じ数の近づいてくる気配があり、緩やかに落ちていく夕日に合わせるようにライヘルトと呼ばれた若い男の包囲は狭まっていった。

 「抵抗する場合は命の保証は出来ないぞ!」

 隊長格が辺りに響く鋭い声を発した刹那せつなだった。

 ライヘルトは瞬時に身を翻した。後方には予期した通り別の三騎が迫っていた。

 「逃がすな!」

 しかし――。

 隊長格の騎士が命令を発する寸前に、一人の騎士が無言のまま馬上から崩れ落ちた。その喉元に、短剣が深々と突き刺さっている。

 次の瞬間、別の騎士の悲鳴が夕闇を切り裂くように響いた。

 振り向きざまに短剣を投げつけたライヘルトは、そのまま猛然と疾走しつつ別の騎士に斜め下から抜き打ちに斬り上げたのだ。

 片手を斬り落された騎士が馬上にうずくまる。

 瞬時の出来事に気後れした追っ手の横を、ライヘルトは抜刀したまま疾風のごとく駆け抜けた。

 「逃がすんじゃない、追え!」

 夕日はすでに丘陵の向こうに沈み、残照が風景を淡く浮かび上がらせていた。

 頼りない月明かりに切り替わりつつある寂しげな街道を、一つの人影と四つの騎影が駆けていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ