第3話 「呪われし者」 その5
小枝が投げ入れられると、炎が瞬間わずかに燃え上がり細かい火の粉が散った。五人の男たちは無言で焚き火を取り囲みながら揺れる炎を見つめていた。踊る灯火が一同の顔を照らしている。ある者は安酒をあおり、ある者は硬い燻製肉を小刀で削りながら口に運んでいた。男たちの年齢や容姿に統一感はない。旅装はしているが、荷物は少なかった。ただ各自が傍らに剣や戦斧、短弓といった武器を置いており、その目つきは一様に鋭かった。
頭の禿げ上がった一際体の大きな男が枯れ枝を折って火にくべた時、弾ける薪の音とは別に微かな足音が聞こえた。焚き火を囲んでいた男たちが一斉に足音がした方角へ目を向ける。一人は傍らに置いていた剣を手元に引き寄せた。
漆黒の闇の中に何かが揺れていた。男たちの緊張が辺りに張り詰めていくのと比例して、闇の中から僅かに色の違う黒い影が朧ろげに浮かび上がり、やがてそれは人の形を見せた。
「ハンス……」
焚き火の近くまで流れるように歩を進めた影~~漆黒の外套をまとってフードを目深にかぶったそれは、大男に向かって声をかけた。
「これで全部か?」
ハンスと呼ばれた大男は手に持っていた枯れ枝を捨てて立ち上がり、小走りに黒い外套に歩み寄った。六フィート(約一八〇センチメートル)を超す大男のハンスに対し来訪者はふた回りも小柄であったが、その立ち姿はどこか不気味な雰囲気を放って周囲を威圧していた。
「いや、実は……」
わずかに腰をかがめ、小柄な来訪者の横でハンスは気まずそうな表情を浮かべた。来訪者の外套からジャコウの香りがわずかに漂ってくる。その甘い匂いはしかし、ハンスの心を不安にさせ反射的に背筋を嫌な汗が伝った。
「少し手違いがあってな……」
「『片目』がいないな……。残りはあいつが連れてくるのか?」
ハンスの言葉を遮ると、小柄な来訪者は男たちを見回した。フードに隠れて目元は見えなかったが、華奢で白い口元が男たちの目に映った。
「ハンス、十人集めろと言ったよな?」
黒い外套がわずかに動き、外套の隙間から真っ白な右手が表れてハンスの胸元を軽く突いた。
「あと五人は後から来るのか?」
ハンスの巨躯がかすかに震えた。ハンスが黒衣の者から視線を逸らして返答に窮していると、
「おい!」
安酒をあおっていた男がぶっきらぼうな声を上げて立ち上がった。ハンスほどではないが筋骨たくましい体つきをしていた。
「誰だお前は?」
男は酔いも手伝って最初から喧嘩腰だった。いきなり現れた不気味な来訪者の、静かだが威圧的な物言いが気に障ったのだろう。男はその見た目通り荒仕事を生業としてきた人間であり、何より舐められることが嫌いだった。
間に入ろうとしたハンスを右手で制すると、黒衣の者はそのまま右手をおもむろに男へと差し出した。間近で見ると、その手は傷一つなく華奢で病的なほど白かった。
男はやや戸惑いを見せたが、すぐ気を取り直して鼻を鳴らすと差し出された右手を握った。脅しのつもりで少しばかり力を入れてやろうとしたが、逆に男の手は黒衣の者にがっちりと強く握られた。フードの下に見える白い口元がわずかに綻んだように見えた。気味の悪さに振りほどこうとした瞬間、男の右手の甲を黒衣の左手が撫でた。針を刺されたような痛みがはしり、手の甲に一筋の引っかき傷ができていた。猫の爪で引っ掻かれたような、細い傷である。
「何しやが……!?」
手を引っ込めた男は顔を顰めながら傷を拭おうとした。直後、糸の切れた操り人形のように男は地面に崩れ落ちた。おこりのように細かく四肢を震わせ、白目を剥いて口からは泡を吹き出し始めた。
息を呑む残りの男たちを尻目に、黒衣の者はゆったりとした動作で左手を外套の裾で拭った。中指の先で、黄金色の付け爪が焚き火の光を反射して鈍く光った。
「もう五日やる。あと三人は集めろ。もう余計なことはするなよ」
事切れた男を苦々しげに見やるハンスに耳打ちすると、黒衣の者は踵を返し、夜の闇に溶けるように消えていった。微かなジャコウの香りを残して。




