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よほろ軍談記   作者: 鈴木カラス
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第3話 「呪われし者」 その4

 女はヘルダと名乗った。二日前、水を汲みに行った家のすぐそばを流れる川べりで、気を失っていたライヘルトを発見したという。歳はライヘルトより十歳近く上だったが、整った顔立ちは実年齢より若く見えた。上部に太い梁を渡した泥壁と藁葺き屋根の方形住居は、竈のある土間と粗末な木製ベッドの置いてある二間だけの一般的な庶民の小さな家で、ヒルダはここに一人で暮らしていた。家には食器も家具もほとんど見当たらず、逆に野草や花などがむき出しの床の上に無造作に積まれていた。ヘルダは近くの野山で摘んだ草花を調合して薬を作り、半マイル(約800メートル)ほど離れた場所にある隠れ里のような小さな集落と物々交換をして暮らしていると言った。

 「ここに住み始めたのは二ヶ月ほど前さ。だいぶ荒れていたから、ずいぶん前に空家になったんだろうね」

 ライヘルトの体に貼った薬草を取り替えながらヘルダは自らの身の上を少しつづ話したが、どこの出身で何故人里離れた場所に女一人で暮らしているかは一言も説明しなかった。

 普通に考えて怪しい話であった。山奥の廃屋に流れ者が住み着くことは珍しくはないが、大体の場合は傭兵くずれたちが根城として使ったり猟師が休憩所代わりに使うもので、若い女が一人で暮らすには安全上大きな問題がある。それに都市ならともかく、こんな僻地で薬の調合だけで生活が成り立つとは思えなかった。

 しかし、ライヘルトは深い詮索を避けた。ヘルダもライヘルトも土地の者ではなく、かたや流れ者の女一人暮らし、こなた体中に戦傷がある行き倒れ。怪しいのはお互い様であった。ヘルダがライヘルトを詮索しない代わりに、ライヘルトもまたヘルダに何も聞かない。救われた者と救った者の間に出来上がった暗黙の関係が、何より逃亡者であるライヘルトにとってありがたかった。

 それよりもライヘルトにとって懸念であったのは、剣を失ったことだった。崖から滑り落ちて川を流されている最中に手放したのだろう。腰の革帯に引っ掛けていた鞘も外れていた。ヘルダがライヘルトを見つけた時、ライヘルトは帽子も外套も無く着ていた服もボロボロだったという。

 「まあ、命があっただけ良かったじゃないか。手足も付いてるしさ」

 ヘルダは微笑んだ。慰めたつもりだったのかもしれないが、ライヘルトの気持ちは重く沈んだ。剣に愛着があったわけではなく、まして惜しかったわけではないが、武器を失って無防備な己の現状に情けなさと焦りを強く感じていた。いま追っ手が現れたら間違いなく捕まってしまう。『旅団』の本営に連行され、ローランド殺しの犯人として処刑されるだろう。

 死を恐れてはいない。しかし、ライヘルトはまだ死ねなかった。帝国に奪われた故郷ルブシュの地へ戻る、それまでは……。

 「焦らないことさ」

 ライヘルトの胸中を見透かしたかのように、ヘルダが声をかけた。

 「若いんだし、すぐ動けるようになるよ。それにここには、誰も来ないからね」

 意味ありげにヘルダは目を細めてライヘルトの顔を見つめた。漆黒の瞳の中に、無表情なライヘルトの姿が映っていた。

 

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