第3話 「呪われし者」 その3
「アンドレ!」
漆黒の中で叫び声は届かなかった。ライヘルトの目に、うっすらと煤けた暗い天井が見えた。
「アンドレ……」
視点が定まっていき、輪郭がはっきりしてくると自分がどこかの屋内で寝かされていることが分かった。辺りを見回そうと首をひねろうとした瞬間、ライヘルトの全身に激痛がはしった。
「気がついたのかい」
痛みに息がつまり、ライヘルトは指先さえ動かせぬまま小さく呻いた。
「骨は折れてないみたいだけど、全身アザだらけだよ。当分動けやしないよ」
朦朧とする頭では声の主が男なのか女なのかさえ分からなかったが、その言葉は少し訛りのある帝国語だった。
「ここは……?」
ライヘルトは視線だけを動かし声のする方へ向けた。
「俺は、どうして……?」
雨の峠道で十人ほどの傭兵くずれたちに襲われた記憶が甦った。何人かを打ち倒したが、道の端に追い詰められて、そして……。
不意に首の後ろと後頭部に感触があった。警戒心が反応し咄嗟に体を動かそうとしたが、再び激痛が襲ってきた。
「ふん、とって喰ったりしないよ」
鼻を鳴らすような小さな笑い声と共に、ライヘルトは誰かに頭を抱えられていることに気がついた。同時に、柔らかいものがライヘルトの頬を撫でた。どこか懐かしいような香りを漂わせて。
「白湯だよ。ゆっくり飲んで」
下唇に硬いものが触れ、次にぬるい液体が口の中に入ってきた。粘ついていた口の中が少しつづ洗い流され、水が喉を通って胃の中に落ちていく。体の中を通る液体の感触に、ライヘルトは生きている実感を確かめた。
ライヘルトが白湯を飲み干すと、器が口元から離れ、静かに首が元の位置に戻された。その時初めて、ライヘルトは自分を抱えていた者の姿を見た。
女だった。やや縮れた黒髪は胸元まであり、その髪よりも濃く、装飾も刺繍も一切無い漆黒の長衣に身を包んでいた。薄暗い室内では顔がはっきりとは見えず、若いのか老けているのかは分からなかった。
「アンタは……」
ライヘルトが呟くと、立ち去ろうとした女はゆったりとした動作で顔だけ半分振り返り、自分の肩ごしにライヘルトを見やった。
「アタシかい……?」
女の口元に微笑が浮かぶ。
「アタシは魔女だよ」
その瞳もまた、深い闇のような色をしていた。




