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よほろ軍談記   作者: 鈴木カラス
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第3話 「呪われし者」 その1

大陸暦一五二五年。「大戦」を終結させた英雄ローランド将軍を暗殺した若き傭兵ライヘルトは、追っ手から逃れ生まれ故郷を目指すのだが……。

 断末魔の叫びは激しい雨にかき消された。血風が舞い、目深にかぶったつばの広い革帽子に降りかかった返り血は一瞬にして流される。両腕を羽ばたくように広げ、雨を吸って漆黒に変色した重い外套を跳ね上げて背中の方へ流すと、ライヘルトは剣の柄を握り直して正眼に構えた。刃渡り二フィート(約六十センチメートル)、僅かな意匠をこらしたS字型の鍔、刀身は分厚く、相当に使い込まれていた。

 「喧嘩刀カッツバルゲルだ! こいつ、ランツクネヒトだぞ!」

 ライヘルトを取り囲んだ男たちの一人が驚きを含んだ声を上げた。その言葉が包囲の輪にわずかな動揺をはしらせた刹那、跳躍したライヘルトの剣は正面の男の胴を突き刺した。みぞおちを貫いた切っ先が背中から覗く。息絶えた男の胸ぐらを左手で掴み、剣を突き刺したままライヘルトが振り返ると、一拍遅れて死体となった男の背中に手斧が突き立った。

 「くそっ、こいつ!」

 死体を盾に使われた男の仲間が呻く。すかさずライヘルトは剣を引き抜くと同時に死体を蹴り飛ばした。

 せまい峠道には生と死が濃縮されていた。雨に打たれ泥水に突っ伏したまま動かない者が四人、依然ライヘルトを取り囲む者たちは五人。騎士風の兜をかぶっている者、胴だけの鎧をまとわっている者、胸当てを付けているかと思えば足元は裸足に近い者、手に持つ武器も剣であったり戦斧であったり、まるで統一感の無い格好から流れの傭兵たちであることは間違いなかった。

 「ハンス、これ以上やるだけ損だ。ずらかろうぜ」

 片目の潰れた小男が呻いた。雨に濡れて海藻のように髪が張り付くその顔には、焦燥と諦めが浮かんでいた。

 「四人もやられてこのまま放っておけるかよ!」

 小男の傍らにいた巨漢の男が声を上げた。斧を持つむき出しの両腕は丸太のように太く、禿げ上がった頭部には大きな傷があった。一団の首領格なのか、仲間思いなのか、厭戦的な発言をした小男とは真逆に、眼光炯炯ライヘルトを見据えている。対照的に革帽子の下のライヘルトの双眸は、一切の感情を廃したかのような冷たさだった。

 ハンスと呼ばれた大男は肩をいからせジリジリとライヘルトとの距離を縮めたが、他の傭兵たちとライヘルトとの距離は一定の距離を置いたまま動かなかった。小男の言葉が他の男たちの気持ちを代弁していた。物取りで襲ったが相手が悪すぎた。すでにたった一人を相手に四人も倒されている。計算高い傭兵くずれたちだけに、ハンス以外は引き時を見計らっているかのように見えた。

 「なあ、ハンス。もう、止め……」

 再び小男が口を開きかけた時、ハンスは小男の奥襟を片手で掴んだ。小男が怪訝な表情を浮かべた矢先、ハンスは驚異的な腕力で小男の体をライヘルトめがけて投げつけた。

 短い悲鳴と共に低く宙を舞った小男の体がライヘルトに迫る。ライヘルトは冷静に腰を落として飛んできた小男の体に剣を突き刺したが、その直後、ハンスが戦斧を振りかざして突進してきた。

 小男の体に深く突き刺さったライヘルトの剣はすぐには抜けなかった。かといって武器を手放すわけにもいかない。戦斧が振り下ろされる寸前、咄嗟にライヘルトは小男の体ごとハンスにぶつかった。戦斧の一撃はかろうじて避けたが、体格差から道の端まで吹き飛ばされる。何とか剣を引き抜き体勢を立て直したが、続けざまに襲ってくる強烈な斬撃にたたらを踏んだ直後、ライヘルトの足元が崩れた。

 暗転。

 ライヘルトの体は土砂と共に暗い崖下に落ちていった。

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