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【第1話】残り1日

 生きられるのなら、死神に魂を売ってもいい。

 だから死にたくない。こんなつまらなかった人生のまま、死にたくない。


 なのに何で。


 10分前、友人と分かれ道でさよならを言った。

 30分前、同級生の目を盗んでこっそりと部活をサボった。

 1時間前、授業の終わりを知らせるチャイムに夢の世界からの帰還を命ぜられた。

 3時間前、弁当の中身を盛大にぶちまけた。

 5時間前、バレーのスパイクを顔面で綺麗に受け止めた。

 12時間前、24時間前、3日前、1週間前、半月前、3ヶ月前、半年前、2年前、5年前、10年前。

 何もない。何も特別な事なんて起きた事がない。何かの才能、秀でた特技、何一つ。平々凡々、いや、それ以下、平均以下の頭脳体力技術、取り柄もなければ個性もない、そんな人間。

 ならばなぜ。

 なぜ僕はこんな目に遭っているんだ?

 真っ赤な夕焼けこやけの中、見慣れすぎて飽き飽きする自宅近くの住宅街。僕は直立不動のまま、身体を動かせずにいた。

 金縛り。声もあげられず、ただ目の前の光景を視界に捉え続ける事しかできない。

 もや。掴み所のない“それ”は僕の前でぼんやりと何かの形をとっているようだったが、あまりに曖昧で正体が分からない。そしてそれはじわじわと僕に近づいてきている。動けない。周りに人影1つない。怖い。普段なら誰かしら人が歩いてるはずなのに。音すらしない。何も聞こえない。まるで、時が止まっているようだ。

 変だ。変だよ。

 こんな、よく分からないこれ……何で、よりによって僕に――


 もやみたいなそこから、鎖が立ち尽くした僕の手首足首を貫いて肉を裂いた。

 叫べない。声は出せないまま。代わりに脂汗が全身吹き出て、異常と恐怖を改めて僕に感じさせる。そのもやは更に近づいて、距離2メートル、威圧感と圧迫感、得体もしれない悪寒、気持ち悪い生温さ、嫌悪感、脂汗、冷や汗、脂汗。動けない。叫べない。誰もいない。異常事態。これはあれか、映画とかでよくある怪物に襲われる最初の犠牲者ってやつか。

 ……死にたくない。

 死にたくない、死にたくない、死にたく


「全く……我の目を盗んでこいつの魂を喰らおうとは随分とナメられたものだ」


 目の前。僕に背を向けもやと対峙するように、それは立っていた。少女のように小さな身体、そして白い肌が身に纏うぼろぼろな赤い布の数々の破れ目から見える。あまりにぼろぼろだからなのか、身体に鎖を巻いてその服とも言いがたい布を身体から落ちないように辛うじて固定している。

 それは、現実離れしすぎた容姿で。

 僕の日々を現実離れさせていく張本人であった事を僕はすぐに知る事になるのだ。

 その少女のようなそれは顔だけ振り向くようにこちらを見てきた。暴れる赤髪は肩に付くか付かないか、そしてその瞳も深紅であった。

 ニヤリとして、僕にこう言い放つ。

「お前の寿命は残り1日だ。死にたくないのなら、我……死神タナトスの言葉に従え」

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