暗殺のためにターゲットと同棲しているけど、どうしよう手料理が美味しすぎる。
依頼されれば、どんな相手だろうと無情に殺す。
それが暗殺者であり、私の存在価値だった。
だった、のに……。
「アカツキちゃんお待たせ〜! こちらが本日のモーニングとなっておりまーっす! ほらほら、座って座って!」
今しがたテーブルに料理を並べ、私を『アカツキちゃん』などと呼ぶこの女。
亜麻色の髪を耳に掛け、悠々と手を合わせる、この女。
そう……この女こそ全ての元凶! 諸悪の根源!
……牧嶋柑奈。
彼女を殺すために下手な芝居を打って、この家に侵入したというのに……なぜ!
この女が作った温かいご飯を前にすると、表情がふにゃけてしまうんだっ!
今日のメニューは、ほかほかの白米に、じゃがいもの味噌汁、キュウリの塩昆布和え。
そしてメインは、よく肥えた秋刀魚──!
「ゴクリ……」
こんな朝食は初めて見る。
口の中に唾液が溢れ、溺れてしまいそうだ。
「いっただっきまーす!」
「い……いただき……」
──いや待てッ!
待つのだアカツキ……!
思い出せ、私は裏社会を生きる暗殺者!
牧嶋柑奈を殺すためにか弱き家出少女を演じ、この家に侵入したのだ。
目の前のターゲットを見てみろ。
私が暗殺者であることなど露知らず、大盛りの白米を頬張っているあのアホ面!
殺すのは簡単だ。たぶんその辺の一般人より容易い。
そう、たとえばコップに水を汲むと言ってキッチンへ包丁を取り、懐に忍ばせる。牧嶋柑奈の分の水も持ってきたと言って背後から近付き──ザクッ。
「あっはは! アカツキちゃん秋刀魚の骨取るの苦手だね〜?」
「……はっ!?」
い、一体いつから、秋刀魚に箸を入れていたんだ!?
くっ、箸から伝わるふっくらとした身質が喉を唸らせるぅっ!
「秋刀魚はねぇ、真ん中の線になってるとこがちょうど背骨だから、まずはそこをなぞるように……するとっ、ほら! こうすると上の身が綺麗に外せるでしょ!」
「す、すごい……こんな綺麗にできるものなんだ……」
私が死体の解体する時はもっと手こずるのに……。
「はい、あ〜ん」
「へ?」
なんだ、なぜ箸をこちらに向けてくる。
「アカツキちゃん体細いんだから、もりもり食べなきゃ!」
やめろ、近付けるんじゃない……!
秋刀魚を迎えようと、口が勝手に開いてしまうっ!
これを食べたら、食べてしまったら、私は────!
「あ、あ〜……むっ」
──じゅわっ。
これは、秋刀魚の脂が口に広がって……?
あ、あぁ……っ!
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
「うわああああああああーーっっ!!」
「あ、アカツキちゃん!?」
美 味 し い 。
もう、なにもかもどうでもいい!
今はただ、このご飯を食べ尽くしたい!
「なんですか、はむっ、なんなんでふか! こえふぁ!」
辛抱たまらなくなって、口の中に白米を放り込む。
熱い。だが、それがいい。
秋刀魚の濃厚な脂を味噌汁で流し込み、ダメ押しにキュウリの塩昆布和えを摘む。
「はむっ!」
シャキッとした心地よい歯ごたえ。
そうしてさっぱりした口の中で、再び。
秋刀魚、泳ぐ──ッ!
「……もぐもぐ、ごくんっ。はぁー……美味しいじゃないですか! 身がぷりぷりしてるじゃないですか! こっちの白いのはなんですか!?」
「えっ、大根おろし? 醤油かけると美味しいよ!」
「はむっ、これがマリアージュというやつでしょうか……」
「アカツキちゃん、気に入った?」
「はい! こんなの食べたことないです! ……あ」
し、しまったぁ!
つい我を忘れてしまった。
私はこの女を殺すためにここへ来たというのに……!
「ふふっ、かわいい……口元にごはんつぶ付いてるよ?」
頬に、柑奈の手が触れた。
そのままごはんつぶを摘んで、自分の口に運ぶ。
「喜んでもらえてよかった!」
「……うぐっ」
そう言って私を見つめる彼女の瞳は、ミルクをたっぷり注いだ珈琲のような柔らかい色をしていて、その無防備な微笑みは、既に彼女の料理で骨抜きにされていた私の心に、抗いようのないトドメを刺した。
■■■
牧嶋柑奈は、昼間はカフェで働いている。
幸い、カフェの向かいにはファミレスがあり、奴の動向を探るには打って付けの場所だった。
……だが、しかし。
もうとっくに、彼女を殺すタイミングを見失ってしまった気がする。
柑奈と出会ってわかったことは、どうも私は、柑奈が作る料理に弱いということ。
ターゲットの手料理が美味しすぎるあまり仕事を忘れてしまうなんて、私は本当に暗殺者なのか……?
「……はぁ」
このままでいいものかと、ため息がこぼれた。
──その時だ。
「あの〝鮮血人形〟がため息とは、雹でも降りそうだな」
上から、しゃがれた男の声が降ってくる。
見上げると、190cmはあろうかという初老の男が立っていた。
ライダースジャケット越しにもわかる老いを感じぬ逞しい体つきに、周囲の客や店員も思わず二度見している。
「〝巨人〟……ここで会うとは奇遇ですね」
背負っていたゴルフバッグを下ろし、私の向かい側に座った〝巨人〟は、私の顔を見てニヤリと笑う。
「これから仕事でな。見知った顔を見つけたものだから、挨拶をと」
「見かけても軽率に声を掛けないでいただきたいのですが」
「そう邪険にしないでくれ。お前は俺の孫娘みたいなものなんだ」
「孫って……あなたからは銃の……コホン。おじいちゃんからは射的のコツを教えてもらっただけだよ。次の夏祭りこそ、絶対リベンジするんだから」
店員が来たからつい『おじいちゃん』と言ってしまった。
……奴め、なんて嬉しそうに笑ってるんだ。
彼の前にはブラックコーヒー、私の前にはパフェが置かれた。……なんだこれ。
「おっと、そのパフェも俺のだ」
そう言って〝巨人〟は注文したブラックコーヒーをひと口啜ると、どうもこの店の名物らしいギガンテスベリーベリーパフェを頬張った。
「……その歳でパフェですか」
「美味いぞ。食うか?」
「いえ、私はコレで結構です」
ティーカップを摘み上げて見せる。
彼の鼻にクリームが付いてるけど、これは指摘した方がいいのだろうか。
などと悩んでいるうちに、彼が先に口を開いた。
「で、何か悩み事か? 良ければ相談に乗るが」
「相談……まぁ、そうですね。実は、なかなかターゲットを殺せないのです」
「……なに?」
〝巨人〟は眉をピクリと顰めた。
「お前の実力なら、3日もあれば十分だろう? 何が原因だ?」
「それは──」
手料理があまりにも美味しくて、胃袋を掴まれた。
……なんて言えるわけない!!
相手は同業者。それどころか、言ってはやらないが師匠とも言える男だ。
こんなこと話したら鼻で笑われるのがオチ。
守らねば、私の面子を──!
「な……内臓を掴まれてしまって……」
「内臓を!?」
彼は目を見開き、私の腹部に視線を落とす。
今日は肌寒かったので、柑奈のクローゼットからパーカーを借りていた。
これなら、脱がされない限りバレないだろうが……なんだか申し訳なくなってくる。
「お前ほどの殺し屋を返り討ちにする人間が居るのか……」
流石の〝巨人〟も私を超える実力者が居ると聞いては緊張するのだろう。
背もたれに大きな背中を預け、息を深く吐いていた。
まぁ、なんだ……その、ごめんなさい。
「相手の弱点は探れたのか?」
「それはまぁ、甘い物に目が無いということは掴みました」
あなたと一緒で。
「なるほど……鮮血の。正面から敵わないなら、毒殺も手だ。ちょうど薬を持ってる。譲ってやろう」
な、なんか凄く親身になって相談に乗ってくれてる。
懐から謎の薬も出してくるし……というかいつも持ち歩いてるのか、ソレ。
「いや、その……」
「どうした、苦しそうな顔をして……まさか、傷が痛むのか!?」
「まぁ……うん、ギュルっとする感じで……」
お昼ご飯を食べてないことを思い出した。
まぁ、今はそれどころじゃないのだが。
「無理はするな。俺の知り合いを紹介するから、一度診てもらえ」
「だ、大丈夫です。私にも当てはあります。毒殺のアイデアだけいただきますので」
「そうか? まぁ、そうだな。もうそこまで子どもじゃないか……いや、まだ割と子どもか?」
彼は私の体を一瞥すると、首を傾げた。
確かに、私は痩せてるし、お世辞にもアダルティとは言えない。
豊満な柑奈とは正反対の、薄い体だ。
だが、だからといって、その視線は乙女に対して失礼ではないだろうか。
「ジー……」
「あっ、失礼した。その小さい体に収まりきらんほどの死が内包されていることはわかっているとも」
「……なんか違うけど、まぁいいでしょう」
席を立ち、彼に背を向ける。
少し話し込んでしまった。もう柑奈の終業時刻だ。
先に家に帰らなければ怪しまれてしまう。
「〝巨人〟……今日は楽しかったです。機会があれば、また」
「さらばだ〝鮮血人形〟──。次に会う時は共に仕事ができるといいな」
それは依頼内容によるでしょう。まったく。
店を後にした私は、ふと、夕焼けの空を仰いだ。
「そういえば……」
……鼻に付いてたクリーム、言いそびれたな。
■■■
帰り際、柑奈とバッタリ出くわした。
なんてことだ……まさか店を出た後、向こうも仕事を終えて出てくるとは。長話をしすぎたか。
夕日をバックに、柑奈は疲れを解すようにうんと体を伸ばす。
白のニットから突き出るような豊満な胸が余計に強調され、私は舌打ちを──ギリギリ我慢した。
「いやぁ今日も働いたぁ! アカツキちゃんはお散歩してたの?」
「えっ、まぁ、そんなとこです」
怪しまれてはなさそうだ。
だがいくら相手が平和ボケしてるとは言え、今回は迂闊だった。
これからは気を引き締めなければ。
「そだ、聞いて聞いて! 今日は店長にスコーン貰ったんだ! 帰ったらお茶にしよ!」
「スコーン……それはまた甘美な響きですね……!」
はっ。
気を引き締めると決めたそばからっ!
「だからほら、早くおうちに帰ろ?」
柑奈はそう言うと、私に手を差し伸べた。
私は、この手を払うべきだろうか。
「……」
周囲には学業を終えて帰路に着く学生、仕事帰りのOL、夕飯の買い物を終えた母親と、その手を握る少年。
ここで騒ぎを起こすわけにはいかないか。
「……はい」
だから仕方ない。
そう自分に言い聞かせ、柑奈の手を取った。
なんだか体が熱かったが……きっと、この女の手が暖かすぎるのがいけないのだ。
「今日の晩ごはんはパスタだよ〜? もしかしたら美味しさのあまり死んじゃうかも!」
そんな料理があるなら毒を盛らなくても殺せそうでいいな。
いや、もちろん彼女の冗談なのはわかっている。
「そうそう、今日お客さんから連絡先聞かれちゃってねー? いやぁお姉さんモテモテで困っちゃうなあ!」
「彼氏ですか、おめでとうございま────」
今、なにか。
なんだ……この違和感は……。
「まぁ断ったんだけどね! しばらく独り身がいいと言いますか、やっぱり放っておけないし……アカツキちゃんと一緒に居たいと言いますかー?」
柑奈の声が遠のいた。
胸の奥がざわつく。
肌を撫でるような、微かな違和感。
この感覚、戦場で幾度となく味わった。
────殺気!
「柑奈っ、こっちへ!」
「んぇ?」
私は咄嗟に柑奈の手を引き、路地裏へと押し込んだ。
その瞬間、弾丸が風を切り、私の髪を掠めた。
──狙撃された。
いや、なぜ助けた。
殺すはずだった相手だ。死んだところで私には関係ないはずなのに。
……なのに、なぜ私は、ここまで必死になっている?
「わ、なに!? いま凄い音しなかった!?」
「あー……雹です! 雹が降ってきました! そこに隠れてください!」
「マジでか! うっひょぉ〜〜〜〜う!!」
「言ってる場合か」
でも、この様子なら弾丸を掠めてなさそうだ。
直前に目視した方向と、歩道のタイルにめり込んだ弾丸の角度から考えると、相手は向こうのビルの屋上から、柑奈の頭部を的確に狙っていた。
しかしビルにはちょうど落ちかけた太陽が重なり、正確な位置は特定できない。
凄まじい腕だ。いったい誰が彼女を……。
──。
────。
「────〝巨人〟!」
「────〝鮮血人形〟!」
アカツキが狙撃手の正体に気付いたのと、ほぼ同時刻。
ビルの屋上から牧嶋柑奈を狙っていた〝巨人〟は、その隣を歩いていた少女が〝鮮血人形〟──アカツキであることに気付く。
「なぜお前が牧嶋柑奈と一緒に……」
〝巨人〟の目的は、殺しの現場を目撃した可能性のある女を念のために始末すること。
前任者からの報告が途絶えたので、代わりに始末してほしいと、組織から依頼された。
「お前が殺せない相手があの女か……だが、なぜターゲットを庇う。獲物を取られるのを嫌うタイプでもないだろう」
引き金から指を離した〝巨人〟は、ふと、アカツキとのファミレスでの会話を思い返す。
──な……内臓を掴まれてしまって……。
「……なるほど」
もしかすると彼女は、牧嶋柑奈を殺せないのではなく、殺したくないのではないか。
「さては、ハートの方を掴まれたな?」
その結論が正しいのか確かめるように、〝巨人〟はスコープ越しに彼女の顔を見つめた。
濡れ羽色の髪に、夜空のような暗い瞳。
華奢な体格で、可愛げのある顔立ち。
どれも昔と変わらない。しかし、今の彼女の表情は、彼の記憶にあるどれよりも真剣で──。
「──ン? おい、スナイパーの前で無闇に姿を晒す馬鹿があるか」
路地裏から身を乗り出したアカツキは、真っ直ぐにこちらを見ていた。
──なぜ見える?
「太陽の光で直視できないはず────」
その時、〝巨人〟は自分のミスを自覚した。
背後にあったはずの太陽は、既に沈んでいたのだ。
空はアカツキの瞳と同じ深い紺色に染まり、その瞳は数百メートル先の〝巨人〟を捉えた。
アカツキは落ちた弾丸を拾うと、それを振りかぶる。
「何をしている。この距離で投擲しても、当たるはずが」
──ない。
という言葉は、出てこなかった。
投擲された弾丸は真っ直ぐに飛び、勢いをつけたまま〝巨人〟の千里眼を砕いたのだ。
「──まさか、本当に当てるとは。強くなったな……」
それがたまらなく嬉しいと言うかのように、〝巨人〟は口角を上げた。
「それにしても……フハハ、『手を出すな』か」
スコープが砕ける直前、アカツキの口の形がそう言っていた。
もう表情は見れないが、今もなおこちらを睨み付けている〝鮮血人形〟の顔は容易に想像できた。
「……少し、話しすぎたな」
当然スコープの替えも、予備のライフルもある。
だが、撃つ気にはなれなかった。
ゴルフバッグにライフルを仕舞った〝巨人〟は、咥えた煙草に火を付けた。
■■■
その後、無事に家へ戻った私は、柑奈が居合わせたという殺しの現場で何を目撃したのか、それとなく探りを入れた。
「先週? 帰り道? よく覚えてないなぁ、何かあったの?」
「イエ、ベツニ」
牧嶋柑奈は現場に居合わせていたが、何も気付いていなかった。
あまりにも手際が良かったのか、柑奈が鈍感すぎるのかはわからないが、とにかく彼女は目撃者ではない。
「そういえば、あれっきり雹降らなかったね〜」
「ソウデスネ、フシギダナー」
たぶん鈍感の方だな。
しかし組織は、たまたま現場に居合わせただけの人間でも万が一を考慮して抹殺を狙うだろう。
「……か、柑奈。もう少し……この家に居てもいいですか?」
組織がまた〝巨人〟のような殺し屋を雇って柑奈を狙ってくる可能性は捨てきれない。
一応組織に柑奈は無関係だったと報告はしてみるが、しばらくは一緒に居た方がいいだろう。
「で──」
「で……?」
「デレ期キターッ!! いいよいいよ! 大歓迎だよー!」
「デレてない、デレてない! ちょ、胸、くるしっ」
はしゃいだかと思えば急に抱き着いてきた。
くっ、胸が重い。やっぱりこの女殺すか!?
「アカツキちゃんデレ記念日! 今夜はパーティーよ〜!」
いつもパーティーしてるようなものじゃないか。
今夜のメニューはパスタと言っていた。
一緒にトマト缶も買っていたから、ミート的なアレだろうか。
トマトの酸味は食欲を煽る危険物。
あぁ、想像しただけでも……じゅるり。
柑奈がどんなパスタを作るのか楽しみだ。
「──ということで、完成!」
「おぉ、赤い……! これは一体……?」
「そ・の・名・も〜〜……? 暗殺者のパスタ☆」
「────おっふ」
暗殺者のパスタ?
なんて物騒な名前だ……トマトの赤がおどろおどろしい血の色に見えてきたぞ。食べて大丈夫なものなのか、これ。
柑奈の表情を窺う。
すっごくニコニコしてる。わからん。
まさか、実は全部気付いていて、私を試しているのか……?
今になって〝巨人〟が提案した毒殺が脳裏をよぎる。
いや、牧嶋柑奈は一般人。それは事実だ。
たとえ毒を盛られていたとしても、すぐに吐き出せば問題ない。
「いっただっきまーす!」
「……い、いただきます」
クルクルとフォークに巻いた暗殺者のパスタを、おそるおそる口へ運ぶ。
「もぐ……もぐ……」
「どう?」
「もぐ……これ、は……これはっ!」
この湧き上がる衝動──まさか。
「フッ、気付いたようだね。暗殺者のパスタの由来には死ぬほど美味い説と、死ぬほど辛い説がある……つまり唐辛子をたっぷり入れておいたのさ! もちろんうま辛に抑えてるけどね! もぐもぐっ、うひょーから〜い!」
──うま辛って、いや、普通に辛いがッ!
舌が焼ける。体からはじわじわと汗が出てきた。
「は、謀りましたね!?」
「クックック……少なくとも、アカツキちゃんのおててはそうは思ってないようだよ」
「何を言って……はっ!?」
な、なぜ、クルクル巻いている!?
こんな辛いもの、もう食べたくないはずだ。
頭ではわかっている。だが、ぺろっ。
うん、舌がピリピリする。
やはりこんなに辛いパスタは食べるべきじゃない。
だが……ちゅるん。
「ひぁ、からひ……」
辛さの奥にある唐辛子の香り。
だが、トマトの酸味、旨味が追いかけてくる。
しかもこれは……とても香ばしい。
よく見たら麺がちょっぴり焦げているじゃないか。
フライパンで乾麺に焼き目を付けてから、トマト缶や水を加えて茹でたのか?
「う、美味いっ! はふっ! もぐっ!」
パリッとしたウインナーが口の中で躍る。
さらに焦がしたことで香ばしくなったパスタ麺とトマトの酸味で……お腹がっ、食べたそばからお腹が空いていくッ!?
「これが、暗殺者のパスタ……!」
うま辛、そんなの反則じゃないか──。
「ねっ? 殺人級の美味さでしょ!」
「えぇ、見事に殺されました……」
パスタは茹でるもの。
その固定概念を砕き、焼いたことで生まれたハーモニー。
こんなものを食べてしまったら、口の周りをトマトで赤く汚してしまうのも無理はないだろう。
「「ごちそうさまでした!」」
満足だ──。
それから、食後のデザートで柑奈がカフェの店長から貰ったスコーンを紅茶と一緒に食べた。
これがまた、私を溶かしていく。
「サクサク……ほのかな甘さがいい……!」
「ん〜! やっぱうちのスコーンが一番美味い!」
「このクロテッドクリームというのもなかなかいいですね!」
──はっ! 私はまた、ターゲットの前で何を!
私は暗殺者……〝鮮血人形〟のアカツキだぞ。
「やっぱり、美味しいものは誰かと食べたらもっと美味しいね!」
「……そう、ですね」
牧嶋柑奈。やっぱり貴女は悪い女だ。
裏の世界で〝鮮血人形〟などと呼ばれている暗殺者を、暗器も使わず殺してしまった。
簡単に絆されたのが、ちょっぴり悔しい。
でも、それ以上に。会えてよかったと思って──。
「あ、そだ。アカツキちゃん待ち受けにしていい?」
「は、はい? 何の話ですか?」
「さっきパスタを頬張って口の周り真っ赤っかにしてたでしょ? 実は撮っちゃったんだよねー!」
「はぁっ!? ちょ、なにしてんですか、消してください!」
席を立ち、柑奈のスマホに手を伸ばすが、あとちょっとのところで躱された。
「ちょ、逃げるな!」
「えーやだ! 大丈夫だよ、アカツキちゃんかわいいから!」
「恥ずかしいんですよ! 誰かに見られたらどうするんですか!?」
「もー、仕方ないなぁ。……でもしばらくは眺めさせてもらうぜ!」
テーブルの周りを走りながら、柑奈はケラケラと笑って待ち受け画面に設定された私のあほ面を見せつけてきた。
「まっ、牧嶋柑奈ぁ!!」
────や、やっぱり、ぶっ殺してやるーーっ!!
【完】
最後まで読んでいただきありがとうございました!
こちらのタイトルはとあるコミュニティの企画で、たなかくんハイパー(ID:2277867)さんからいただきましたァン!
ありがとナス!
もし「かわいい!」とか「美味そう!」とか思っていただけたら、評価や感想などで教えてくれると嬉しいです!




