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幻になるまで

作者: ねむねつ
掲載日:2026/05/06

 母は祖母が嫌なわけではない。忌み嫌っていた。

 その言葉の違いを、私は長いあいだ理解できなかった。

 嫌うというのは、理由がある。

 だが忌み嫌うというのは、理由の外側にある。

 もっと深く、もっと古く、もっとどうしようもない。

 母と祖母は、同じ家に住んでいた。

 私たち三人は、古い木造の家の中で、互いの気配を避けながら暮らしていた。

 廊下のきしむ音、階段を上る足音、台所の水道の蛇口をひねる音。

 そのすべてが、家族の距離を測るための目盛りのようだった。

 祖母は朝が早い。

 まだ薄暗い五時前に起き、仏壇に線香をあげ、新聞を広げる。

 母はその音を聞くと、布団の中で息を潜める。 起きていることを悟られたくないのだ。

「お母さん、なんで起きないふりするの」

 子どものころ、私は無邪気に聞いた。

 母は答えなかった。

 ただ、布団の中で目を閉じ、まるで別の世界に逃げ込むように呼吸を整えていた。

 祖母は、母にとって「過去」そのものだった。

 母が決して触れたくない、しかし逃れられない過去。

 祖母は厳しい人だった。

 家の中の空気を支配するような存在感があった。

 食卓では、母の作った料理に必ずひとこと文句をつけた。

「味が薄い」

「こんなもの、食べられたもんじゃない」

「あなたは本当に気が利かない」

 母は黙って皿を下げる。その背中は、いつも少しだけ震えていた。

 私はその光景を見ながら、母が祖母を嫌っているのだと思っていた。

 だが違った。

 母は祖母を「嫌う」ことすら許されていなかった。その感情を持つこと自体が、母にとっては罪だった。だからこそ、母の中に残ったのは、もっと原始的な拒絶――忌避だった。

 ある晩、母が珍しく酒を飲んだ。

 祖母が寝静まったあと、台所の蛍光灯の下で、缶チューハイをゆっくりと傾けていた。

「ねえ」

 母がぽつりと言った。

「私はね、おばあちゃんを憎んでるわけじゃないの」

 私は黙って聞いた。

「憎むって、まだ相手を見てるってことでしょ。私は……見たくないの。思い出したくないの」

 母の声は、泣いているようで、泣いていなかった。

「おばあちゃんを見ると、自分が全部だめだった頃の気持ちが戻ってくるの。あの頃の私が、まだここにいるみたいで」

 母は缶を握りしめた。

「だから、嫌うんじゃなくて……忌み嫌うの。触れたら壊れるみたいで」

 その言葉が、私の胸に深く沈んだ。

 翌朝、祖母はいつものように仏壇の前に座り、母はいつものように布団の中で息を潜めていた。その光景は、昨日と同じで、明日も同じだと思った。


 だが、ある日、均衡は崩れた。

 祖母が倒れたのだ。

 脳梗塞だった。

 救急車のサイレンが近づく音の中で、母は呆然と立ち尽くしていた。

「お母さん、行かないの」

 私は言った。

 母は小さく首を振った。

「行けないの」

 その声は震えていた。

「怖いの。あの人がいなくなったら……私はどうなるのか分からない」

 祖母は病院に運ばれ、意識は戻らなかった。

 母は毎日病院に通った。

 忌み嫌っていたはずの相手の枕元に座り、無言で手を握った。

「どうして行くの」

 私は聞いた。

「怖いのよ。あの人がいなくなったら、私の中の何かが崩れる気がして」

 祖母が亡くなったのは、その三日後だった。

 葬儀の日、母は泣かなかった。ただ、静かに線香をあげ、深く頭を下げた。

 家に戻ると、母は台所の椅子に座り、ぽつりと言った。

「これで、やっと自由になれるのかな」

 その声には、解放の響きはなかった。むしろ、深い空洞のような響きがあった。

 私はそのとき初めて理解した。

 母が忌み嫌っていたのは、祖母という人間ではなく―― 祖母が母の中に残した「傷」の形そのものだった。

 その傷は、祖母が死んでも消えない。

 むしろ、祖母の不在によって、より鮮明に浮かび上がった。

 母は今も、朝になると布団の中でしばらく息を潜める癖が抜けない。 祖母の足音はもうしないのに。

 忌避とは、相手を拒むことではない。

 自分の中に残った影を、どうしても見たくないという叫びなのだ。

 母は今日も、静かにその影と向き合わずに生きている。

 それが、母の選んだ生き方なのだと思う。


 母の幼少期は、誰が見ても「不幸」だったわけではない。外側だけを見れば、むしろ「きちんとした家庭」に見えたはずだ。

 祖母は近所でも評判の“しっかり者”で、町内会の役員を務め、学校のPTAでも中心的な存在だった。家は古いが手入れが行き届き、庭には季節の花が絶えず咲いていた。祖父は真面目な会社員で、酒もギャンブルもやらない。

 だが、その家の内部は、外から見える整然さとはまったく別の顔を持っていた。

 祖母は完璧を求めた。

 家事、成績、礼儀、言葉遣い、姿勢、表情。

 母は幼い頃から、祖母の“理想の娘”として育てられた。


・箸の持ち方が少しでも違えば叩かれる

・宿題の字が曲がっていれば破られる

・笑い声が大きいと「下品」と叱られる

・泣けば「弱い子は嫌い」と突き放される


 母は、祖母の前で泣くことを許されなかった。泣くと、祖母の顔が冷たく歪むからだ。

「泣く暇があるなら、もっと努力しなさい」

 その言葉は、母の幼少期を象徴する呪文のようだった。

 祖父は母にとって唯一の味方だった。母が叱られたあと、そっと飴を渡してくれたり、夜に布団をかけ直してくれたりした。

 だが、祖父は祖母に逆らえなかった。祖母が怒鳴ると、祖父は黙り込み、目を伏せた。

 母は幼いながらに悟った。

「お父さんは私を守れない」

 その気づきは、母の心に深い影を落とした。

 母は、祖母の機嫌を読むことに長けていった。祖母の足音、食器の置き方、ため息の長さ。それらを聞き分け、怒りの気配を察知し、先回りして行動する。


・祖母が怒りそうなことはしない

・祖母が喜びそうなことをする

・祖母の前では感情を見せない


 母は、祖母の“影”のように生きる術を身につけた。その結果、母は「自分の感情」をどこかに置き忘れた。

 学校では、母は教師に褒められる子だった。成績は良く、忘れ物はせず、掃除も率先してやる。だが、それは母の本心ではなかった。

 母はただ、「怒られないために」 行動していただけだった。友達と遊ぶより、家に帰って祖母の顔色をうかがうほうが重要だった。

 母が10歳のとき、祖母はこう言った。

「あなたは私の誇りなんだから、恥をかかせないで」

 その言葉は、母にとって呪縛だった。

 母は自分の存在価値を、「祖母の期待に応えること」

に置くようになった。


・自分の好きなものが分からない

・自分の意見を言えない

・自分の感情を感じられない


 母は、祖母の“作品”として育てられた。

 中学生になった頃、祖父が家を出た。祖父は限界だった。祖母の支配は年々強まり、家の空気は重く濁っていった。

 ある日、祖父は母にだけ小さな声で言った。

「ごめんな。守れなくて」

 その夜、祖父は家を出た。

 母は泣かなかった。泣くという行為が、母の中から消えていた。

 祖母は言った。

「弱い男ね。あなたはああなってはいけない」

 母は反論する言葉を飲み込み、心の奥に沈めた。

 母の幼少期に残ったのは、「自分は価値がない」という感覚だった。祖母の期待に応えることでしか、自分を保てなかった。祖父の不在は、母に「誰も守ってくれない」という確信を与えた。

 母は大人になっても、


・褒められると不安になる

・怒られると自分が消えてしまいそうになる

・誰かに頼ることができない

・誰かに期待されると息が詰まる


 そんな性質を抱えたままだった。

 そして、祖母と再び同じ家で暮らすことになったとき、母の中の幼少期がすべて蘇った。

 母が祖母を「嫌う」のではなく「忌み嫌う」のは、祖母が母の人格を形作った“原点”だからだ。祖母を見ることは、母が最も見たくない“自分の過去”を見ることだったから。


 母の幼少期は、母の中で終わっていなかった。祖母が死んでも、母の中の祖母は死ななかった。そしてその影は、気づかないうちに私の中にも流れ込んでいた。

 私は長いあいだ、それを「自分の性格」だと思っていた。だが違った。それは、母の過去が形を変えて私に宿ったものだった。

 私は子どもの頃、家の中でよく息を潜めていた。誰かに怒られたわけでも、叱られたわけでもない。

ただ、家の空気がそうさせた。

 朝、母が布団の中で息を殺している気配を感じると、私も自然と声を出さなくなった。

 母は言わなかったが、「静かにしていなければならない理由」が家の中に漂っていた。

 私はその理由を知らないまま、「音を立てることは悪いこと」 という感覚だけを受け継いだ。

 学校で褒められると、胸がざわついた。嬉しいのに、どこか落ち着かない。

 母が褒められるときに見せる、あの微妙な表情。笑っているのに、どこか怯えているような顔。私はその表情を、無意識に真似していた。

 褒められると、

「次はもっと頑張らなきゃ」

「期待に応えられなかったらどうしよう」

 そんな不安が先に立つ。

 それは母が祖母に植え付けられた感覚の、薄いコピーのようだった。

 私は困っても、誰かに助けを求めることができなかった。頼るという行為が、なぜか「迷惑」だと思っていた。母が祖母に頼ることを許されなかったように、母もまた、私に「頼る」という行為を教えなかった。

 母はいつも言った。

「自分のことは自分でしなさい」

 それは正しい言葉のように聞こえる。

 だが母の声には、

「誰も助けてくれないから」

 という絶望が混じっていた。

 私はその絶望の響きだけを受け継いだ。

 私は人の足音、ドアの閉め方、呼吸のリズムを敏感に感じ取る。それは母が祖母の機嫌を読むために身につけた能力の、薄い遺伝のようなものだった。

 母は祖母の影を読むことで生き延びた。

 私は母の影を読むことで育った。

 誰かが少しでも不機嫌そうだと、自分が悪いことをしたような気がする。それは母の幼少期の延長線上にある感覚だった。

 私は怒り方を知らない。

 怒るべき場面でも、怒りが湧いてこない。

 母が怒りを封じられて育ったように、私もまた、怒りという感情を学ばなかった。怒りは、家の中で禁じられた感情だった。

 祖母が怒ると家が壊れ、母が怒ると母が壊れる。

 だから私は、怒りを避けるように育った。

 母は自分の過去を語らなかった。 語れば崩れてしまうからだ。

 その沈黙は、私にも伝染した。

 私は自分の気持ちを言葉にするのが苦手だ。

 言葉にした瞬間、何かが壊れてしまう気がする。

 それは母が祖母の前で学んだ恐怖の、遠い残響だった。

 祖母が死んだあと、母は静かに崩れた。泣きもしないのに、壊れていくのが分かった。

 母は言った。

「これで自由になれると思ったのに、何も変わらない」

 その言葉は、私の胸に深く刺さった。

 母の中の祖母は死なない。そして、母の中の祖母は、私の中にも影を落としていた。

 私はその影の形を、自分の性格だと思い込んで生きてきた。

 母の幼少期は、母だけのものではなかった。母の影は、私の中にも根を張った。


・息を潜める癖

・褒められると不安になる感覚

・頼れない性質

・怒りを知らない心

・沈黙に逃げ込む習慣

・人の気配を読みすぎる敏感さ


 それらはすべて、母の過去の“残り香”だった。

 私は母のように祖母に育てられたわけではない。だが、母の中に残った祖母の影が、私を育てた。

 母が忌み嫌ったものは、母の中で形を変え、私の中で静かに息をしている。



 母は祖母だけではなく、父にも傷つけられていた。その事実を、私は長いあいだ知らなかった。母は父の話をほとんどしなかったし、私も聞かなかった。聞けば、母が壊れてしまう気がしたからだ。

 だが、母の沈黙は、私の沈黙にもなっていた。

 母の傷は、私の中で形を変え、「自分は誰にも頼れない」という確信として根を張っていた。

 私はその根を、ある日、引き抜くことになる。

 父が失踪した日のことを、私は覚えていない。幼すぎたからだ。だが、家の中に残った“空白”だけは覚えている。

 母は父の話を避けた。祖母は父を罵った。私は父の存在を、家の中の“禁句”として学んだ。

 ある日、母がぽつりと言った。

「あなたのお父さんはね、優しい人だったのよ。でも、弱かったの。私を守れなかった」

 その声には、怒りも憎しみもなかった。ただ、深い疲労だけがあった。

 私はそのとき初めて気づいた。

 母は祖母だけでなく、父にも裏切られていた。祖母に支配され、父に見捨てられ、母はひとりで立っていた。その孤独の上に、私は生まれた。


 祖母が死んだあと、母は静かに壊れた。

「これで自由になれると思ったのに、何も変わらない」

 母はそう言った。祖母の声は、母の中で生き続けていた。

 母は朝になると布団の中で息を潜める癖が抜けなかった。祖母の足音はもうしないのに。私はその姿を見て、胸が締めつけられた。

 母は祖母から逃げられなかった。父からも逃げられなかった。そして今、母は自分自身からも逃げられなくなっていた。

 ある日、私はふと思った。

 母が祖母を忌み嫌ったように、私は母の影を忌み嫌っていたのではないか。

 母の沈黙、母の怯え、母の傷。

 それらが私の中に染み込み、私はそれを“自分の欠陥”だと思っていた。

 だが違った。

 それは、母の過去の残響だった。私は母の影を、自分の影だと誤解していた。


 母が台所で座り込んでいた日があった。 夕飯の支度をしようとして、包丁を握ったまま動けなくなっていた。

「どうしたの」

 私が声をかけると、母は震える声で言った。

「味付けが……分からないの。お母さん(祖母)に、また怒られる気がして」

 祖母はもういない。 だが、母の中の祖母は生きていた。

 私はゆっくりと母の手から包丁を取った。

 母の手は冷たかった。

「怒られないよ。もう誰も怒らない。ここには、私しかいない」

 母は目を見開いた。その目は、幼い子どものように怯えていた。

 私は続けた。

「お母さんは、もう誰にも支配されない。お父さんにも、おばあちゃんにも。私にも、されない」

 母の肩が震えた。私は初めて、母の肩に触れた。

 母は泣かなかった。泣き方を忘れていたからだ。だが、母の呼吸が少しだけ深くなった。それは、母が初めて“祖母の声”から離れた瞬間だった。


 私は母を救ったわけではない。救うという言葉は、あまりに傲慢だ。

 ただ、母が自分の影を自分のものとして見つめる瞬間を、私は隣で見守っただけだ。母は祖母の影の中で生きてきた。父の不在の中で生きてきた。その影を、母は初めて“自分の影”として受け止めようとした。

 私はその瞬間に立ち会った。それだけで十分だった。


 母の呪縛は、完全には解けない。祖母の声は、母の中に深く刻まれている。父の不在は、母の心に穴を開けたままだ。

 だが、母はもう“息を潜めて”生きてはいない。朝、布団の中で息を殺すこともなくなった。

 母はまだ不器用で、まだ怯えていて、まだ過去に囚われている。それでも、母は少しずつ変わっている。

 母は初めて、自分の人生を自分のものとして生き始めた。

 母の影は、私の中にも残っている。だが、私はその影を“自分のもの”として見つめることができる。

 母が祖母の影を見つめたように。

 影は消えない。だが、影を知ることで、人は自由になる。

 私は母の影を受け継いだ。だが、私はその影を、母のように忌み嫌ってはいない。

 影は、私と母を繋ぐ唯一の遺産だった。


 母の中に生き続けていた祖母は、ある日を境に、“実体”から“幻”へと変わり始めた。

 それは、私が結婚し、子どもが生まれた頃だった。

 私は結婚した。相手は穏やかな人で、私の沈黙を怖がらず、私の影を「あなたの一部」として受け止めてくれる人だった。

 子どもが生まれたとき、私は初めて「家族をつくる」という行為の意味を知った。

 母の家族は、壊れていた。祖母の支配、祖父の逃亡、父の失踪。その瓦礫の上で、母はひとり立っていた。

 私はその瓦礫の外側に、新しい家を建てた。

 母は最初、その家に入るのをためらった。玄関の前で、靴を脱ぐ手が震えていた。

「私、ここにいていいの」

 母はそう言った。

 私は答えた。

「お母さんは、ここにいていいよ。ここには、もう誰も怒る人はいない」

 母はゆっくりと頷いた。その頷きは、長い長い時間をかけてようやく落ちた雪のようだった。

 母に友達ができた。

 近所に住む、同年代の男性だった。未亡人で、庭いじりが趣味で、母と同じように静かな人だった。

 二人は恋人ではなかった。ただ、午後の陽だまりの中で、湯呑みを挟んで話すだけの関係だった。

 母は最初、怯えていた。

「私なんかが、誰かと話していいのかな」

 私は笑った。

「いいに決まってるよ」

 母はその言葉を信じるまでに、何ヶ月もかかった。

 だが、ある日、母は言った。

「今日ね、あの人が庭の梅の枝をくれたの。 私、嬉しかったの」

 その“嬉しかった”という言葉は、母の口から聞いたことがないほど自然だった。

 私はその瞬間、母の中の祖母が少し薄くなったのを感じた。


 私の子ども――母にとっての孫は、母の中の“凍った部分”を溶かした。

 母は最初、抱っこする手が震えていた。

「落としたらどうしよう」

「大丈夫。落とさないよ」

 母は恐る恐る子どもを抱き、その小さな体の温かさに触れた瞬間、母の表情が変わった。

 祖母に奪われた幼少期。父に裏切られた結婚生活。

祖母の影に押しつぶされた人生。そのすべての上に、小さな命がそっと乗った。

 母は言った。

「この子は、私を怖がらないのね」

「お母さんは、怖い人じゃないから」

 母は泣かなかった。

 泣き方を忘れていたからだ。

 だが、母の目の奥に、長い冬のあとに訪れる春のような光が宿った。


 母はある日、ふと呟いた。

「最近ね、お母さん(祖母)の声が聞こえなくなってきたの」

 私は驚いた。

 母の中の祖母は、母の人生を支配し続けた“亡霊”だった。その声が消えたということは、母がようやく自分の人生を取り戻し始めたということだった。

「どうしてだと思う?」

 母は私に聞いた。

 私は答えた。

「お母さんが、自分の声を取り戻したからだよ」

 母はしばらく黙っていた。 そして、小さく笑った。

「そうかもしれないね」

 その笑顔は、私が子どもの頃に見たことのない種類の笑顔だった。

 祖母は死んだあとも、母の中で生き続けていた。

 だが今、祖母は“幻”になった。


・怒鳴り声はもう聞こえない

・足音も響かない

・母の心を締めつける手も消えた


 祖母は、母の記憶の中で、ただの“影”になった。

 影は消えない。だが、影は人を支配しない。

 母はようやく、祖母の影の外側に立つことができた。

 母が祖母の影から解放されたとき、私の中の影も薄れた。私はもう、


・息を潜めて生きる必要はない

・褒められることを怖がらなくていい

・誰かに頼ることを恥じなくていい


 母が祖母の呪縛を解いたことで、私の呪縛も解けた。

 母は私を救ったのではない。

 私が母を救ったのでもない。

 ただ、私たちは互いの影を見つめ、

 互いの影を受け入れ、

 互いの影を越えていった。

 それだけだった。


 祖母は幻になった。

 父は遠い記憶になった。

 母はようやく自分の人生を歩き始めた。

 そして私は、母の影を受け継ぎながらも、その影を越えて生きている。

 母は今日も、茶飲み友達と庭の梅を眺めながら、静かに笑っている。

 その笑顔を見るたびに思う。

 呪縛は、断ち切るものではなく、静かに薄れていくものなのだ。

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