第六話 桜とアーモンド
旅館に入ると、一人の女性に出迎えられた。
「いらっしゃいませ、ようこそおいでくださいました」
女将さんだろうか。優美な佇まい、所作ひとつひとつが綺麗で、圧倒される。
「予約していた白鳥です」
「白鳥様ですね、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
僕はぎこちなく動き、女将さんに付いて行った。フロントで受付書に名前と住所を書いた。気が付いたらさっきの女将さんはいなくて、代わりに優秀そうな同い年ぐらいの男性がいた。僕の荷物を軽やかに荷台に乗せて、「ご案内します」と爽やかに言った。
廊下を歩くと、幼い姉妹とすれ違った。姉の腕を引っ張って、「はやくはやく」と急かしている。それを横目で見て微笑みながら、部屋に付いた。部屋の名前は「紅葉」。まず僕は、館内を探検することにした。
夕飯の時刻は六時。あと三時間で、館内図に乗っていない庭園の存在と、彼女の存在を確かめなければ。そのままの恰好では粋ではないと思って、浴衣に着替えた。財布と携帯を持って、外に出る。とりあえず自分のいる東棟から始める。
和風の模様に加えて今風のデザインが施された内装。歩きながら、壁を見流す。立ち止まって見ていたいほど綺麗で面白い。角を曲がっては階段を上って、また歩いて。傍から見れば不審者だが、僕には浴衣と言う迷彩がある。堂々と歩こう。
東棟のすべての階を見たが、庭園のようなものは見つからなかった。切り替えて西棟に移ろうと外に出ると、いかにも整備員のような格好の男性が。片手にはごみ袋、そして軍手。
仕事中に話しかけるのは億劫だが、かと言って他のタイミングを見計らって押しかけるのも申し訳ない。ひと段落着いているようだと判断し、思い切って話しかけた。
「すみません」
「はい」
男性は振り返り、柔らかな表情で返事をした。
「あの、ホームページの…この桜の木ってどこにありますか」
僕は保存しておいた写真を見せた。整備員さんはすぐに認識した。
「あーこの木でしたら、西館のラウンジの裏にございますが…」
が、と話を止めた。が、とは何だ?整備員さんは不安げな僕を見て申し訳なさそうに口を開いた。
「この木、桜ではございませんよ。お客様」
「え」
脳の回転が止まった。この木は、桜ではございません?言葉を何十回も繰り返す。パソコンにかじりつき、一生懸命検索をしていた過去の自分の姿が脳裏に浮かぶ。
「アーモンドといって、春になると桜よりも早く、似たような花を咲かせるんです。えっと…あ、あった」
見せてくれたスマホの画面には、僕がホームページで見た花と、僕が知っている桜の花。見比べてみれば、よく似ているが違和感を覚える。
「この花の配列状態を支える茎の事を、花柄と言うんです。アーモンドは花柄が短く、枝に沿うように花を咲かせます。」
本当だ。桜はサクランボのようにふんわりと咲いているが、アーモンドは筑紫のようにしっかり枝と繋がっている。
桜ではないと聞いた一瞬、自分を騙した花をもぎ取ってやろうかと考えたけれど、よく調べなかった自分に非がある。
それにこんなにも似ている花があるんだと初めて知って、久しぶりに小学生のような発見の高揚感を味わえた。これは小説のネタに使ってやろう。
「勉強になりました。ありがとうございました」
「いえいえ。お役に立てて何よりです。もう花は散っていますが、良かったら見に行ってください。では」
丁寧なお辞儀をして、整備員さんは仕事に戻っていった。僕は西館のラウンジへと向かった。




