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第四話 彼女が残したメッセージ

 

 ブーブーと携帯のアラームが鳴った。ゆっくり体を起こし、窓を開ける。テレビをつけると、昨日終わったであろう公立高校の受験の様子が取り上げられていた。久しぶりに着る外出用の服に袖を通し、バッグを開けて忘れ物が無いか入念にチェックする。ハンカチ、ティッシュ、財布、鍵、薬、携帯。あとメモ帳。電車の時刻を確認し、外に出る。


 久しぶりにしっかり浴びる太陽が眩しい。水族館に着いたところでかなり疲れていたが、懐かしい人の騒がしさに満足感を覚えた。


 着いた所で、予定を立てた際に交換した連絡先を開き彼女にメッセージを送信する。入口の前に、と打ったところで、柔らかい声が聞こえた。


「白鳥さん」


 呼ばれて後ろを振り返る。バッチリメイクをし、前に病院で会った時の雰囲気とは違う彼女。落ち着いた色のワンピースにトレンチコートを羽織っている。僕はファッションなど一ミリもわからないが、表参道辺りを堂々と歩けそうな格好だと思った。


「すみません、待たせてしまいましたか?」

「いえいえ、僕も今来たところです」

「じゃあ、行きましょうか」


 チケットを出し、やや暗い空間へと足を進める。曲がり角を曲がれば、そこには淡い青の幻想世界。大人になっても、遊び心は抑えられないものだ。昔と比べて、身長も知っている事も増えた僕でも、何もかもが新鮮に見える。遠足以来の冒険に、胸が躍る。


「わあ」


 隣を見ると、彼女もまた、目をキラキラと輝かせて水槽を見ている。水槽に映る夢中な姿は、まるで小学生。僕は少しだけ笑ってしまった。

 空間とは不思議なもので、僕たちは泳ぐ生き物を見て、「綺麗」だとか「凄い」だとか言い合っているうちに、互いに自然と色々な話をするようになっていた。






「へえ、温泉旅館ですか、凄いですね」


 父親が栃木で温泉旅館を経営しているらしい。母親は女将。温泉好きの僕としては、羨ましい限りである。


「本当に素敵な場所なんです、立派な桜の木もあって…小説の舞台になりそうなくらい」


 小説の舞台になりそう、か。そう言われると、書いている人間としても更に行きたくなる。


「行ってみたいです、僕温泉好きなので」

「本当ですか、なら是非。美味しいラスク屋さんも駅前にあるんですよ。えっと」


 「場所は」と言って、彼女の口は急に止まった。どうしたのだろう。

 彼女は携帯を取り出し、じっと画面を見つめている。連絡が誰かから来たのだろうか。


「友達から連絡ですか?」

「…まあ、そんな所です」


 彼女はそう言って、携帯を鞄に押し込んで僕へ向き直り、腕を引っ張った。


「そうだ。イルカショー、行きませんか」


 その手は、何かを振り払うかのように強引だった。






 外は朝焼け色に染まり、空気が朝より冷たく感じる。僕たちは待ち合わせした場所にいた。


「今日はありがとうございました、白鳥さん」

「こちらこそ、楽しかったです」

「また連絡してもいいですか」

「僕で良ければ、勿論」


 互いに反対方向だった僕たちは、そこで別れた。

 最初は、こんな見知らぬ人と出かけるなんて楽しくもない、社交辞令の会話しか続かないだろう、そう思っていた。けれど興味を共有して、あの日見えなかった中身が見えて、イメージも変わった。彼女は意外と丁寧で、話が上手く、小説に描けそうな興味深い話をいくつも持っていた。女性と話すのが億劫な僕だったが、これからも話してみたいと思った。


 少し歩くと、ラッシュで賑わう駅が見えた。混んでいるであろう快速ではなく各駅停車で帰ることを決め、アプリを開く。あと七分という数字に、少し早歩きになる。その瞬間、腕を掴まれた。驚いて後ろを振り返る。

 そこには、さっき別れた彼女。走ってきたのか、息が荒い。


「どうしたんですか」


 何かあったのか。トラブル巻き込まれたのだろうか。彼女は息を整えて、僕を捉えた。そしてスッと息を吸って、言葉を吐いた。


「生きる事より辛い事は無くて、死ぬ事より幸せな事ってありませんよね」


 ズドン。空気が変わった気がした。感情を押し込んだような、曇った目。その目に僕は食われた。ちょっと経ってから、彼女は僕の手を離して、優しく微笑んだ。


「このフレーズ、小説に使えそうだなって」


 僕の頭は、非常にこんがらがっている。今、僕は何をしていて、彼女は何をしているのか。


「じゃあ、また」


 彼女は、ゆっくりと逆方向に向かっていった。

 何だったんだ、一体。僕は彼女の影が見えなくなるまで、立ち尽くしていた。乗る予定の電車は、逃してしまった。


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