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第三話 落とし物が繋ぐのは


 退院の日の夕方。僕は家ではなく、病院にいた。用は治療ではない。落とし物を探しに来た。


「メモリの落し物は届いてないみたいです」


 申し訳なさそうな顔で、受付の人に答えられた。そうですか、すみませんと言い、僕はもう一度エレベーターに乗った。



「あ、無い」


 僕は落とし物をしてしまった。よりにもよって、気が付いたのは帰ってから。朝早く病院を出て、自宅に戻り軽く仮眠をした後、荷物の片づけをしていたら、とある物が無くなっていることに気が付いた。


 別媒体のメモリ、もしもデータが吹っ飛んだ時の保険。中には過去の書きかけの原稿も入っていた。自信があると言えど、まだ人様に見せられるレベルじゃない。

 こんな僕のアイデアを盗む奴なんていないだろうけど、一応世間に出す予定の作品だ。時間を掛けて作り上げたものを盗まれるのは勿論嫌だ。


 かれこれ探して二時間経とうとしていた。もう潮時か。最後にテラスを巡って諦めよう。頼みの思いを込めて、テラスのドアを開ける。


 そこには四十くらいの男性と二十ぐらいの女性。軽く会釈して歩き回り、もう一度辺りをよく探す。椅子の下、机の上、端から端まで。ない。ここまで探したんだ、時間もかなり経っている。


 別にこれからネタがパクられたりしたとしても、驚かせるようなネタを考えればいいだけだ。そもそも、僕はいつ死ぬかもわからない身。幸いデータはパソコンに残っている。良い教訓になった。今度はちゃんと無くさないように管理をしよう。


 ゆっくり立ち上がった時、後ろから声を掛けられた。


「もしかして、これ探していますか」


 振り返ると、向こうの椅子に座っていた女性。少し大人びた雰囲気で、背丈がやや高い。手には、僕の無くしたメモリによく似た媒体があった。


「探していました。ありがとうございます」

「いえいえ」


 顔の前で振る手が、少し赤くなっている。もしかして、テラスで拾い持ち主が帰って来るまで待っていてくれたのだろうか。


「あの、もしかしてずっと待っていてくれたんですか」

「え、まあ…」


 まだ一月。よくよく見ればかなり薄着だ。テラスでずっと待つなんて、作業していたとしてもかなり辛かったはずだ。大変なことをしてしまった。


「本当にすみません、僕のせいで。何かお詫びさせてください」

「そんな、いいですよ。好きで待っていたんですし、久しぶりにいいお話と出会えて大満足です」

「え?」

「冒頭から衝撃的で、これから主人公がどんな風に変わっていくのか凄く楽しみです」


 何を言っているのか吞み込めなかった。僕の書いた小説の内容。手元のメモリを見て、もう一度彼女を見る。見たのか?この人は得体のしれないメモリを開いて、中を読んだのか?


「中、見たんですか」

「はい」


 天真爛漫な笑顔で答える彼女。いや、確かに落とした人の情報を知るには、中を見るのが一番だ。物に名前が書いていないのなら尚更。名前を見るだけならわかる。でも、その他の情報を、入っていた物の感想を言うなんて如何なものか。


「あの、拾ってもらってなんですけど。人の物ですよね」


 ちょっと威圧気味に聞いてみる。彼女は、顔色を一切変えていない。


「ごめんなさい、ちょっと気になっちゃって」


 ちょっと気になって開いたメモリが国家機密情報だったらどうするんだ君は。今まで出会ったことのないタイプの人間に、考えが回らなくなる。


「あ、そうだ、じゃあ代わりと言っては何ですけど…」


 彼女はそう言って、パソコンやら本やらが敷き詰められた大きなバッグから、一枚の紙を取り出した。慣れた手つきで、漢字と数字を書いていく。


<佐久間楓 ○×―○○×―○×○○>


 「ごめんなさい、私今日スマホ持ってきてなくて」と前置きしてから、彼女は紙を差し出した。


「これ、私の名前と連絡先です。今度、一緒にお出かけしませんか」


 何を言っている?平然な顔をして話す彼女に、ますます意味が分からなくなって混乱している僕。落とし物から見ず知らずの人と出かけようだなんて。新手の逆ナンか?


「実は今度職場の友達と行く予定だったんですけど、ドタキャンされちゃって…水族館、どうですか」


 いや待ってくれ。拒否権を行使する前に彼女は話を進める。でも、長時間寒い中待たせた罪悪感もまた、僕の中にある。落とし物を拾ってくれた人に、何もお礼がないのは人としてどうなのか。


 僕は数秒考えて、彼女の差し出したメモを受け取り、白紙部分を破った。自分の名前と番号を書いて渡した。


「僕は暇なので。予定が空いたら連絡してください」


 彼女は紙を受け取って、「はい」と微笑んだ。少し生温い風が、僕の頬を撫でた。



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