第十三話 風間新
「はい、それではよろしくお願いいたします。」
無造作に重ねられた資料、開きっぱなしのパソコンの充電は今にもゼロになりかけている。明日の仕事の為にも電源を繋ぎ、椅子の背中に寄りかかった。人間の充電は食事と睡眠、娯楽だが、今の自分には効果は無いだろう。
親友が死ぬ。高校から社会人までずっと一緒に居た存在が消える。余命宣告から奇跡的に回復したが、神様は彼に再び試練を与えた。連絡を貰った後、急いで病院に行ったが彼は平然とベッドに座り、小説を書いていた。
「二か月後に死ぬって」
「治療はしないよ、それよりもやりたいことがある」
一回目の余命宣告の時の様に影の見える笑顔ではなく、悲しみも不安も無い笑顔だった。親友なら、彼がここまでの決断に至った葛藤を敬い、明るく送り出すべきだ。けれど僕は、「親友が死ぬ」という恐怖に勝てず、今まで一番声を荒げた。
「死ぬなよって言っただろ」
「お前だけずるいだろ」
「なあ」
精一杯の訴えも高校時代の様に届くはずもなく、彼は僕の肩に手を置き、「ごめん」とだけ呟いた。
そこから彼は自宅に戻り、小説を書きながら死を待つ生活を始めた。僕は毎晩彼に電話を掛けた。必死に訴えかけることはやめたが、「死んで欲しくない」と最後に零して電話を切るようにした。
彼の決断を肯定したい、けれど死んで欲しくない。自分なりの精一杯の判断と行動だった。心の中では泣いていながらも、声は明るく取り繕った。
毎晩十時、仕事に区切りがついていなくても掛けている。安否確認も兼ね、メッセージも忘れずに。ずっと小説を書いているのか、大体ツーコール目で出る。今日も電話をする予定だ。 現在は九時、仕事に区切りも付き、シャワーを浴びておくことにした。何を話そうか、考えながら背伸びをして、洗面所に向かった。
「じゃあ、切るよ。おやすみ」
終了ボタンを押し、画面を下に置く。今日の会話も、明るい話題に反して悲しさと切なさが隠れていた。
「死ぬなよって言っただろ」
「お前だけずるいだろ」
彼と口喧嘩をしたことは何回かあるが、あんなに感情が高ぶっている彼を見たことは無かった。最初は気圧されたが、僕の根底にある意志と見つめる行く末に変わりはなかった。
「ごめん」
彼が「死」に動揺しているのは分かっていた。誰だって自分に近い存在が消えるとなったら落ち着いてはいられない。例え表では冷静を取り繕うことができたとしても、ふとした時に「孤独」という物を痛いほど感じ、心が揺らぐはずだ。僕だってその体験者の一人だ。
けれども彼の訴えを受け入れられない。僕は自分の運命を受け入れ、抗わずに残りの人生を出会った一人の人間の為に使う。無理難題な願いではあるが、この「死」という選択を肯定し、温かく見送ってほしいのだ。
結局彼は、毎晩僕に電話を掛けてくるようになった。昨夜の様に必死に訴えることは無く、いつものように仕事の事や愚痴話を聞かせてくれたが、「死んで欲しくない」と零すようになった。
彼は違うと思うことは真っ向から否定し、お世辞無しで僕の意見を真っすぐ見てくれる。加えて、明日地球が滅びるとしても死を受け入れて普通に過ごすと言うタイプ、つまり「変えようもない運命」を受け入れるような人間だった。そして他人を縛るような奴では無かった。
そんな彼が、僕の余命宣告で「死ぬなよ」と零し、仕事が忙しくても毎晩電話を掛けるような人間になった。
「死は人を変える」
そんなフレーズを昔読んだことがある。僕自身、自殺未遂をし「自分の死」には触れた一方、身近に亡くなった人が居らず、あまり「他人の死」という物に触れたことは無かった。両方を経験したこの一年、今の僕なら辛いほど理解が出来る。
死という物は強者だ。悲しみに憎しみ、怒り。「なんで私は何もできないんだろう」という自責だけでなく、「なんで置いていったの」という死人への悲嘆、「なんで救ってくれなかったの」という第三者への糾弾、様々なベクトルの感情が飛び交う。その感情に飲み込まれ自分を見失う人、影を追うように自分の命を絶つ人もいる。
「死」をきっかけにマイナス的な変化をする人もいれば、勿論逆も然り。「この人の分私が生きよう」と死から新たな使命を見出し前向きになれる人。このようなプラス的な変化をする人もいる。しかし後者のルートに導くには、死を受ける人間の行動が無くてはならない。
それは、多くの言葉を掛ける事。「ありがとう」だとか、「幸せだった」だとか、「俺の分も生きて」だとか。相手が悲しみに溺れそうになった時に、ふと思い出せるような、立ち止まれるようなきっかけを多く作っておく。
「あの人がこう言っていたから」と言葉に突き動かされ生きていく覚悟を決める、これは物語にもよくある形だ。
かけがえのない仲間が死に際に残した言葉が使命を作り、その人物の意思を固めキャラクターの芯を作り上げる。
そう、言葉は原動力だ。
物語の中でも、現実でも。だからこそ、生きている間に他人の感情に答えなければならない、その結論に行き着く。
ベッドから降り、ややふらつきながら机へと向かう。最近歩くという簡単な動作さえ難しくなった。掴まりながら座り、一息つく。落ち着いたところで引き出しから封筒を取り出した。
ラベンダーのイラストが描かれた、シンプルなデザイン。中には何百の言葉が並んだ文章。小説と共に書いた、彼への手紙。
ライトにそっと透かし、また引き出しに閉まった。机から離れる前に明日の予定を思い出し、行き先をベッドから風呂場に変える。部屋の明かりを消した。
廊下は昨日よりも寒く感じた。




