冥胎
匂いは甘く、酸っぱい鉄の味がする。
舌の奥でその味を確かめると、懐かしい気分になる。
遠い記憶のようでいて、たぶん昨日も同じ味をしていた。
みんなこの匂いで生まれ、
この匂いのまま眠る。
静かに数える。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
四つめは、温かい。
転がった腹の中から、赤黒いものがわずかに滲んでいた。
その傍らで、指がもがくように折れ、
小さな口がそれを咥えている。
乳歯では噛み切れず、皮ばかりが幾度も裂ける。
歯の隙間からこぼれるのは、血ではなく唾液だけ。
ひとつの呼吸が終わるたび、
別の呼吸が始まる。
そのたびに、数が少しずつずれていく。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
みっつの裂けた股から、
半ば成形されかけた骨が這い出ようとして、引っかかったまま脈打っている。
重なり合う赤ん坊。
抱かれかたの順序だけが違っただけで、
肌の匂いは、どれも同じ。
かつて同じ体から分かれた者たちが、
また互いの中に戻っていくような閉塞感。
くたびれた骨盤が、まだ生えきらぬ骨盤を割って種を埋める。
膣のなかに精が重ねて流し込まれるたび、
声は似た声と混ざり合って、どれが誰のものかわからなくなる。
流れ出たものは、すぐに喉へ運ばれる。
乾いた口がそれを受け入れ、また別の息を生む。
吐き出したものと吸い込んだものが、
境を見失っておなじになる。
血は、濁ることで混ざり合い、
混ざることで安らいでいく。
小屋の隅では、昨日埋めたはずの顔が半分、泥から露出していた。
目が開いたままで、それに気づいた誰かが、スプーンで眼球を掬って食べる。
それは褒美ではなく、ただの慣例。
狭さが、生を煮詰めていく。
誰も出ていかない。
出られない。
膣工と口腔が循環しはじめ、
精液と母乳と血と肉が、皿の底に沈む。
その皿にある骨のくぼみ。
くり返し使われて、もう誰のものとも言えない頭蓋骨。
その底をかき混ぜ、ぬめりの中から肉片の形を拾い出す。
皮膚が剥がれ、骨が湯に沈められ、
肉がやわらかくなると、子らが群れてそこに指を入れる。
指が入れば、腕が入り、腹が開き、内臓に新しい命が宿る。
吐くのと飲むのの区別がつかない。
ただ、口のなかで温度が移動し、
咽ると、また誰かが背中を叩く。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
叩かれるたびに、喉の奥が波打ち、
温かいものがこぼれ落ちる。
床の上では、別の手がそれをすくい取る。
それを見ているうちに、目の奥が赤く霞む。
音が遠のき、匂いだけが濃くなる。
誰かの目が、至近にある。
でも見えない。
手が腹に入る。
入ってくるのがわかる。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
指が五本ある。
それは間違いない。
胃がゆれる。
腹がひらく。
言葉が抜けていく。
思考がながれだす。
世界が口を開けている。
そこに、わたしのすべてが吞みこまれていく。
また続きを数えるために。




