第2話 ガソリンスタンド、昼過ぎ
閉め切った車内に海の香りは届かない。駿河の海とは遮断れている。低くうなるエンジンと、これとハモるカーエアコンの音。そして車中の親子は沈黙している。
比留多 恭介は父親の運転する車で県の東に位置する漁港に来ている。道沿いには少しくたびれ色褪せた幟が並び、地元のサッカーチームの名が潮風に揺れる。
「このあたりも再開発かなぁ。」
父親が独りごちると比留多はまた仕事の話かと内心軽蔑する。電鉄会社を親会社に持つ地元の有力なゼネコンに勤める父。
父親が運転する落ち着いた感じのセダンはボディカラーがメタリックブルーで、比留多は常々これに違和感と反発をおぼえていた。オヤジの性格ならシルバーか白だろ。
比留多はこれといった根拠もなく父親の事を俗物としていて、万事無難を選ぶ人物だと決めつけている。なのにブルー?何故にメタリックブルー?
高校1年生になったばかりの彼が、親というものも実は一個の人間であることを受け止めるには、未だしばらく時間がかかるようだ。
それこそ親の助手席に乗ってゲーセンまで送ってもらっている彼にそれを求めるのは少し早い。が、本人的には親と変わらない、精神的には対等のつもりでいる。
メタリックブルーのセダンがやや減速する、予測行動だ。向こうにガソリンスタンドが見える。この頃はセルフも増えたがスタッフが給油してくれる店舗のようだ。結構な広さもある。このスタンドに来るのは初めてだ。
車がそのガソリンスタンド入ると比留多の目に驚くべきものが飛び込んで来た。彼は忽ちにして赤面した。
「あ、あれっ?アンタ!?、え、いらっしゃいませ!」
その明るく元気な声の主はあのヤンキーだった。昨日の夕暮れ時にゲーセンで出会ったあのマイルドさんだ。格ゲーで対戦した後、しばらくコーチしてあげたあの子だ。
互いに目が合う。いたずらっぽく笑う、つり目の奥二重。彼女はすぐに仕事モードに変わるとハイオクを給油しながら、フロントガラスを丁寧にきっちりと拭く。
よく灼けた少し華奢な二の腕が時々額の汗を拭いながら、丁寧に一生懸命に仕事をする。もちろんワイパーの下も忘れない。雑巾をたたみながら車体を汚さないように全体を磨きあげる。
スタンドを眺めながら比留多とは目を合わせずに、知り合いか?と父親が尋ねる。ちよっと、とだけ答える息子。若いのにちゃんとしてる子だな。
給油と会計が終わり、ありがとうございました!とキャップを脱ぐ彼女。肩まである茶髪はキチンと束ねられ、頭と顔の小ささが強調される。上下揃いのジャージよりつなぎの作業服の方がかわ、、ドアミラーが閉まる。
名残惜しい比留多がふとサイドミラーに目をやると、タテヨコ15・20の鏡一杯に彼女の笑顔が映っている。そしてその唇は何かを言っている。
「またあのゲーセンで格ゲー教えてよ!」
つづく




